特発性過眠症と猫と

特発性過眠症と診断された筆者の病気の経緯と、一緒に暮らしている2匹の猫との暮らしの日記。終わりたいけれど、生きなくては、とも思う心の不安定な様を不定期更新しています。

H24・4から6年が経ちました|特発性過眠症と猫と

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薬の後発品と先発品は同じものではない。

安くて効果は同じと、宣伝されているが、

製造方法や添加剤などは異なるものなのだ。

 

薬価は先発品と比べ、半分以下のものも存在する。

どれを置くかは薬局の判断なのだが、

薬価が低いというのは経済的に助かる。

わたしは、多量の薬を処方されている為、

後発品があるものは後発品にしていたが、

前回、全て先発品に戻した。

 

先入観なしに、後発品は薬の効いている時間が先発より短いと感じる。

安いことは魅力だが、せっかく服用するのだからきちんと効果を得たい。

 

高血圧症などと比べてニーズが少ないからか、

ベタナミンリタリンは後発品は存在しない。

したとしてもこれは変えるつもりはない。

やはり先発品が良い。

 

近頃は、オーソライズジェネリックという

添加物も製造方法も全て同じとされている後発品があると

ネットで見たことがあるが、薬局で勧められたこともない。

 

薬効が本当に同等で、

少しでも安い、

なら試してみても良いとも思うが、

薬局で特に説明も宣伝もないので、出回ってはいないのかも知れない。

 

デパスを先発に戻した。

ジェイゾロフトも、あまりの状態の悪さに2Tに増量し先発に戻した。

DR.はそっちの方が状態悪いの?とあっさり増量してくれた。

以前ひどい抑鬱の時にゾロフトは効果があった。

今はどうかわからない。

 眠剤ハルシオン

服用は殆どしていないが 、これも変えるつもりは無い。

 

先発に戻して効果は?

 

後発品は使うべきでは無い!などと断言する程には

違いは感じない。

藥、効いているんだな、と感じるが、

思い込みなのかもしれないなあ、なんて

何だか甚だ頼りないとも思うが・・・

 

過眠症は相変わらず、のらりくらりと

私の中に常駐している。

日中落ちそうになる時はあるが

ベタを1T服用すれば抑える事が出来ている。

 

朝も寝坊はしつつも、何とかギリギリクリアー出来ていて

4・5月、まあまあ調子は良い方なのかも知れないと思う。

来週は診察日なのだが、この分だと行けそうな感じだ。

 

ただ、休みの前の平日は帰宅後に

本当にホッとするのだろうと思う。

猫のご飯やトイレを整えたあと、

かなりの割合でそのまま床に行き倒れている。

痛いか寒いかで、その日の夜中、

もしくは明け方に倒れていたことに気づく。

 

特発性過眠症は、沢山寝ても目覚めスッキリ、

という事は少ない。

大概、目覚めて残る眠みと酷い頭痛に顔をしかめる。

安心して眠ったとしても、寝た場所が床だからでは無い。

過眠症ならではの頭痛に頭を押さえ、

のそのそと寝床へ向かう。

 

 

 

 

 

通勤中うとうと眠っていて、肩を叩かれたり、

昼寝中タイマーをかけて寝ていると、

時間前に肩をゆすられたり。

幻覚?なのか寝ぼけているのかわからないが近頃そんなことがよくある。

 

パートナーが、起きなきゃダメだよと合図しているのか。

パートナーの声が聞こえる時もある。

 

白昼夢。

 

心を閉ざして2年経つ。

精神に支障を来たしているのか、と思いながらも

でも、それらはわたしが思い込んだ『パートナーの仕業』としてもいいかな、

その方が素敵で楽しいじゃない?と思う。

 

偶然か気のせいだよ、で済ませられる話だが、

なんとなく不思議なことってあるのではないかなぁ、

まぁ、偶然でも気のせいだったとしても、

人に迷惑をかけない限り信じてもいいのではないかな、なんて。

姿は見えなくても、近くに思う人がいてくれたら。

 

他人には真剣な顔で言ってはいけないやつですね

 

 

 

やらないこと。やり続けること。

何かをすれば、何かが生まれる。何かが始まる。跡が残る。コロン。

また何かをすれば、2つ目の何かが生まれ、2つの「やったこと」を結んだ線(=道)ができる。

何かをし続けることで、道ができあがり、その道の両側には自らが生み出した有形無形の成果物が建造物のように立ち並んでゆく。

その風景やありようは、あとからその道に入って来たり、迷い込んできた人たちを刺激し、助け、時には救い導くことだってある。

もしいつか倒れてしまって行き止まりになっても、誰かが志を継ぎ、道は色や雰囲気を変えながらいつまでもいつまでも続いていく。

 

世の中はそうした道が縦横無尽に走ってできている大きな街のようなものなのだろう。

時に交差し、合流し、並走し、広くなったり狭くなったり、荒れたり整備されたりしながら、形なき人間の社会やこころの世界を開拓しつなげてゆくのだ。

 

今、わたしの道は完全に行き止まりになっている。

でも、それはわたしが道を作ろうとしないからだ。

大地は今もわたしを拒むことなく目の前に広がっている。道具だって高性能ではないけれど手元に揃っている。

道の作り方だって知っている。

あちこち病んではいるけれど、一応は五体満足だ。

ほれ、あと少しじゃあないか。

 

道作る人々は、立派な道具がなくたって、そのへんの枝や石を使って進んでゆく。

枝も石もなければ己の身体のみで切り開いてゆく。

情熱のため、夢のため、生活のため、志のため……理由はさまざまだけれど、道を作り続けることを決してやめない人間たちだ。

 

道を作れなくなった人、作らなくなった人にもそれぞれ理由がある。

それは誰かが取り沙汰して責めるようなものではない。

座り込んでしまうことは罪ではない。

だから、誰かが時機を見て優しく寄り添い、しばらくの間一緒に道を作ることも、ときには必要だ。

 

 

上記 パートナーの記事から

 

 

パートナーのブログの記事を今も読む。

自分の考えに縛られて、人の声が聞けなくなる。

そんな時に気持ちを解放してくれるのだ。

 

わたしはパートナーと作った道の続きを歩んでいる。

 

 

 

 

診察日 兎に角杏林を目指して|特発性過眠症と猫と

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3月10日 9時半に家を出る。

帰宅は16時。

やっとのことで杏林に行けた日だ。

予約をすっぽかしたのだから仕方がない。

待つこと数時間。

待合室には、私の他には男性1人を残し、最後から2番目に呼ばれて診察室に入る。

土曜の診察は午前中のみ。

精神科の他のD r.は診察を終えていて、

土曜は混むよなあ、とか言いながら、

食堂で昼ご飯か、

医局でお茶を飲んでいるのかも知れない時間に、

私の主治医は1人まだ診察をしている。

診察室に入ると

" どうですか? "

Dr.の口癖のような挨拶に、

" 休みの日には起きれなく、起きれた日には仕事でしばらく薬が切れています "

と答える。

D r.は電カルを見ながら

" あら。ホントだ "

だからといって咎められることはまずない。

更に睡眠時間と、昼の様子を聞かれ、

睡眠はとるよう努力はしているが、昼間はうとうとすることが多い。

と有りの侭に答える。

薬を服用していないのだから、 眠くて当然で、

何も新たな試みをする必要もない。

D r.は

" じゃ、前回と同じでいいですね "

とキーボードを叩く。

前回の記事で、コンサータを試してみては?

とコメントを頂いていた。

自分としても気になっていた薬なのだが、

何しろ薬価が高く、踏み切れないでいたのだ。

今回、だいぶ長い間リタリンを服用できなかったことで、

何1つ思うように動けなかったことが酷くダメージとなっていた。

薬がないとダメなんだな、と痛感し、

リタリンを多用するようになってしまったことも気掛かりで

徐放錠であるコンサータを少しだけ試してみようという気持ちになっていた。

" コンサータを試してみたいのですが "

とダメ元で言ってみた。

D r.は苦笑いしながら

" やる? "

と言う。

" 睡眠不足で薬が切れた時はかなりきついよ? "

と言いつつも10日間お試しを処方してくれた。

" お値段がね~・・リタリンと比べたら何10倍・・? "

そう。

リタリンは1錠あたりの薬価は10円未満、

コンサータは300円を超える。

3割負担で1日1錠でいいと言ってもこの差は大きい。

さらにD r.は

" あれ、診断、、。あれ入ってたかなあ?

あ、でもストラテラ出てるから平気か。 "

と呟いた。

ADHDの診断がついていないと、レセプトではじかれることを

心配したのだろう。

この辺りの厄介な病は意外と、服用ミリ数が異なるが、共通の薬が多い。

帰宅後、早速コンサータを試してみたかったが、

リセットされた体には効きすぎるかもしれない。

そして何しろ夕方だ。

コンサータは服用せずにリタを1錠、舌下で服用した。

リタリン舌下錠ではない。

舌下で服用というのは、

おそらくリタなどを処方されている方は、

常かたまにかはわからないがしたことがあるだろう方法だ。

少しでも早く効くように。

土曜はもう終わりに近いがまだ少しは時間がある。

家事とか仕事の勉強とか、

ずっとやりたくて出来なかったことを少しでも進めたい。

此の所必要最低限のことすらするのが怪しかった生活の活気を、

リタ1錠で取り戻そう。

多分、数時間はそれが叶う。

ジャンキー。

なんといわれようとかまわない。

でも薬に頼るばかりではいけない。とは思う。

出来ることから。

食事も気力のある時は作るようにしたりとか、

その日に散らかしたものはその日中に片付けるとか、

出来ていた事が出来なくなってしまった事を少しずつ。

やらなければ!

と思いつめるのではなく、

負担のない程度に心掛けよう。

仕事の勉強も。

毎日の5分が1週間で35分に、

1ヶ月で155分(2時間35分)

1年で1825分(30時間25分)となるのだ。

塵も積もれば山となる。

小さなことでも続ければ

ある程度大きなものになるはずだ。

そんな前向きな気分になれるのは、薬のおかげなのだろう。

でもそれでいい。

いつか、自分のものになるのかもしれないのだから。

リタの効果で動ける。

ただ、灯りが眩しい。

ベタは服用していないので眠さは感じるが、動ける。

次々と片付けが捗る。

ただ、そう、

いつもの部屋の電気の明るさが痛みを感じるくらいに明るい。

こういうのって副作用なのかな、

と思いながらも動けるのはとても気持ちがいい。

でも動ける自分を客観的に見ると、

全くリタの作用で動いている人形のようだ。

取り憑かれた様に何かをせずにはいられない。

然し、作用が切れれば動きは止まる。

色彩の戻った生活に喜びを感じ、

同時にそれが続かぬことに哀れみを感じる。

夜になって、というか夢中で作業をしていたら日をまたいでいた。

随分とリタの作用が長持ちしたな、と思うのと、

少し疲れも感じるし、作業をやめ、寝ることにした。

寝る前の薬を服用し、朝の分の薬も用意した。

薬をセットすることが久しぶりで、

沢山ある薬がいつ服用するべきものか、

忘れてしまっているものもあった。

薬情を見ながらセットを完了する。

次の日は日曜日。

リタの代わりにコンサータを試してみることにし、寝床に入る。

翌朝、用意した目覚め朝の薬を服用。

だんだんと覚醒してきて、

此の所の覚醒とは質の違う覚醒だと思う。

頭がクリアーな感じ。

今日も頑張れそうだ。

いつか薬なしでも、こんなふうにスッキリと

起きることができるようになるのだろうか。

コンサータは穏やかな効き目だった。

ベタナミンも服用したが、眠い感じがある。

動きも今ひとつだが、疲れなくていいのかも知れない。

リタは効いているうちは張り切り過ぎてしまうから。

でも、薬がないと頑張れないなんて、そんなのってありかなぁ?

と、1日1度は考えてしまう。

薬ありきの自身の身体を否定したいが為、

だけではない。

もっともっと辛い環境で

頑張っている人たちは山程いる。

眠い、気力が湧かない、なんて、ただの甘え。

もっと切羽詰まれば嫌でも

起きられるようになるのではないか、

動かざるを得なくなるのではないか。

やっぱり自分はダメな人間なのではないか。

単なる怠け者なのではないか。

罹患して何年も経つのにこの思いは消えない。

答えは

自分自身で導き出すしかないのだけれど。

今の所、朝の薬は正確に作用し、

リタリンは早くも耐性が出来つつあるが

何とか人並みの生活が出来ている様に思う。

効き目が弱くなったと感じる前に何とか今出来ることを習慣化し

薬に頼らずとも、普通に出来ることなのだと

自分に錯覚させなければならない。

もっともっと頑張れ!

此岸でもがき苦しむ|特発性過眠症と猫と

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かれこれ2ヶ月杏林に行っていない。

又もや、休みの土曜には起きられず、

そして次の週は仕事。

そんな繰り返し。

 

勿論ベタナミンリタリン、他安定剤などもとうに無い。

 

覚醒手段のベタナミンが無くては本当に心細い。

どうやって覚醒しよう、

自業自得といえばそれまでなのだが、

考えることはそればかりになってしまう。

 

薬が底をついた頃、

肩や腕や足、身体中に変に力が入り、

呼吸は浅く、歯を噛み締め、

目を見開いていた。

 

力を抜くことが出来ないのだ。

 

そしてそのまま、

何に対するものかわからない焦燥、不安、虚無感に支配されてしまう。

 

これは、覚醒剤や、向精神薬の副作用なのか。

 

つらい。

 

薬が欲しい。

 

そして情けない。

 

薬に生かされ、薬に依存している。

 

否定はしない。出来ない。

 

悲しい哉、なくてはならない存在なのだ。

 

 

 

ベタナミンリタリンは非常にオンとオフが解りやすい。

殊にリタリンに於いてはそれが顕著だ。

 

ベタナミンは生体内での消失半減期が、

約12時間と長いため、

午後には服用してはならないとされている。

 

リタリンでの最高血中濃度到達時間は約2時間で

作用発現時間は通常30分 - 1時間後、

作用持続時間は臨床的には4 - 6時間と言われているが、

実際はもっと短いと感じる。

慣れてしまっているせいかも知れない。

 

わたしはベタナミンで覚醒し、リタリンで気力を補う。

 

リタリン単独では覚醒を感じることはない。

 

なので、その用途で服用しているのだが、

ある時からリタリンだけは処方の指定以外に服用しても余るようになった。

 

診察の日数調整の為に多めに処方されてから、

DR.が元に戻すのを忘れている為だろうと思う。

 

過剰に服用するのはよくないと知りつつも、

リタリンなしでは活動的に動くことがままならない今、

多く処方してもらって困るということにはならない。

 

DR.にはその事を言い出さないで、そのまま処方してもらっている。

しかし、足りない。

他の薬は他院でもどうにかなるが、

リタリンだけはどこでも処方してもらえるものではない。

どうしたものか。

 

 

 

薬の作用が切れると本当に電池の切れた機械の様に動きが止まる。

 

自力では最早エンジンはかからない。

動けず、思考は不安と絶望に覆われる。

 

 

夜は良質な睡眠を取らなければとも思うから、

夕方からはベタ、リタの覚醒剤の類は服用しない様にと頑張るのだが、

無気力、不安やら絶望やらの負の感情、

それを抱えて眠るのは至難の技だ。

眠剤を服用して、眠ってしまえばいいのだが、

近頃は朝起きられないことが怖くて眠剤を服用できないことが多い。

 

前回処方がかわり超短時間型のハルシオンになったのだが、

ハルシオンさえ怖い。

 

血にまみれた夢を何回見ようとも、

朝起きる為ならば何回でも見よう。

特別不快なことではない。

 

私の眠剤は、眠りに入るためではなく、

夢を覚えていない様にするためだけの処方なのだから。

 

時間に目が醒めるように、それが第一。

 

 

近頃は家を出る20分前くらいに起き、

慌てて支度をし、

遅刻になるかならないかのギリギリのバスに乗り職場に向かうことが多い。

案外間に合ってしまって、心の何処かに、こんなんでもいけるのね。

という気持ちが芽生え、そして甘えてそれを繰り返す。

悪しき傾向。

何とか前の様に、出かける2時間前には起きて朝ごはんを食べ、

猫を撫でて、ちゃんと身支度して仕事に行かれる様にしたい。

 

こんなのは習慣なのだ。

 

連続でクリアーすればなんてことはない。

 

それが日常になるのだ。

 

楽な方にはすぐ流れてすぐに慣れる。

でも、それではわたしの様な人間はダメになってしまう。

 

ベタ、リタに全面依存している時点でもう既にダメなのだが、

それでもなんとか、

生活を送るのならば、

いつも眠気に追われてあたふたするのではなく

普通の人みたいに、ゆとりを持って

出来るじゃん、わたし。

と、自信が欲しいのだ。

 

やるしかないのだ。

 

でも、生に対するエネルギーは全くなく、

頑張ろうという気持ちは宙に浮かんでいる現状。

 

もう疲れ果ててしまった。

 

もう全て放棄したって いいんじゃない?

よくやった方だよ、と思う。

 

こぶーちゃんとちこがすりすりとしてくる。

そう、だめだよね、

もうちょっと頑張らなきゃこの子達の人生ならぬ猫生はお母さんにかかっている。

わたしがこの子達を守り、この子達の最期を看取るのだ。 

それはパートナーとの約束。

それだけは果たさないとならない。

亡きパートナーに対して唯一私が出来ることなのだから。

全てを、過眠症も薬剤依存も不安も絶望も。

全てを肯定し受け入れて、

明日も、

もし目が覚めたら頑張らなければ。

 

 

薬のない生活は、わたしから覚醒と気力を奪った。

勿論それは自分の所為なのだが魂の抜けた、

人間の形をした 抜け殻が日々の生活を行う。

1月末に初めてインフルエンザにかかり、

薬はもらったが、五日間熱は下がらずすっかり体力を奪われた。

 

ヘトヘトの状態でまさかのインフルエンザ。

 

ベタもリタも絶たざるを得なくなった状態で、

でも身体はリセットされ、

素の状態といえば良い状態のように思われるが、

実際はボロボロだ。

 

自分の生活もままならない。

そんなんじゃ他人のことなんて考えられるはずもない。

何も出来ない。

 

でも時間は流れている。

なんとかしなくては。

やるべき事、やりたい事は沢山ある。

 

杏林に行けるとしたら3月10日。

薬を目標に生きるのは嫌だが

すがる思いだ。

 

なんとか。

なんとか生きよう。

 

 

 

眠らずにみる夢

 

 

とても分厚い金属で作られた箱の中

勿論光など入らないし閉ざしてしまった扉は暗闇の中見つける事は出来ない

 

寒さも暑さも何も感じない  

この箱の中は快適なのか不快なのかもわからない

恐怖 不安 安堵  

どこにいるのか知りようもない

叫んでも外に声が届く事はないし叫ぶ必要もない

無感覚 無関心 無気力 思考停止 吐気  

書き換えられていく記憶 真実 矛盾 幻覚

 

この無意味な存在に終焉を  

誰でもいい    苦痛を  

痛みを  

 

与えて下さい

血の匂いを嗅ぎながら安らかに終わりを迎えたい

 

 

 

優しさの  極めて強い毒性

依存 快楽

差し伸べられればしがみついてしまいそうな

 

但し重量には制限がありそして溺れし者の力は思いの外強く

 

結句共に深く沈んでゆく事となる

 

溷濁した脳でみる夢か真実か見分けのつかない映像は微かに生きようとする心に動かぬ身体に全力でブレーキをかける

 

 

人々は自らの救済の為に他人に手を差し伸べ善行と錯覚して立ちゆかなくなり錯乱

 

 

ある者は箱に入り暗闇の中手探りで扉を見つけ  ある者は箱に入り救いの手を待ち  ある者は箱に入り全てを受け入れ横たわり  ある者は箱に入るのを拒む

 

箱に入って自ら施錠をした者には何の保証もされていない未来を

ただ恖うことすら失われる

 

思考停止した脳で何をどう受け止めればいいのだろう

 

苦しみを

生命と共に埋葬するのか

 

暗闇に両手を伸ばし

それを胸に抱き

光を探すのか

 

選択は自身に委ねられている

 

 

明け方の匂いと共に少しずつ悪夢から覚醒し

夜更けの匂いと共に箱の中へ戻る

何方が現実なのか

もはや自身にも区別がつかない

 

誰かの助けを

 

待っているのだろうか

それとも

 

 

 

 

 

また逢えたね。トリアゾラム|特発性過眠症と猫と

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DR.都合で9月は9日土曜日が診察日となった。

先月受診してからまださほど経っていない。、薬も不足なものはない、

 

前日、仕事の送別式があり普段は会うことのない人達大勢との飲み会であった。

特にセーブしたつもりはない。飲み放題なはずなのにお酒が不足していた。

 

でもそのおかげで、ほぼ素面のまま帰宅できた。

しかし帰宅は遅く、次の日はやはり目覚ましに気づいたのがスヌーズでなった9時過ぎだった。

11時の予約にはすぐ出ればギリギリで間に合うかもしれないが、

図々しくなっているわたしは軽く朝食をとった。

12時までに着ければいい。

予約時間に遅れても診てもらえるから

 

2時間経ち.呼ばれたのは1番最後で、途中に組み入れてもらうことは出来なかったらしい。

患者はもう誰もいない。

遅れてきたわたしが悪いのだから仕方ないね、

 

目覚ましの聞こえない朝が度々あり、夜の眠剤が怖くて飲めない

と伝える

処方を見直しながらDR.はエビリファイを入れましょう。あ、もう出てるか。

じゃあね、量を減らしましょう。少ない量の方が覚醒には効果がある薬なので ”

 

エビリファイOD 3mgからエビリファイ1mg 2Tに変更になった。

1 Tと2T両方試してみてね

と言った

眠剤は今も長く作用するタイプではないと思いますけれどもっと短いの、ありませんか”

レンドルミンは短い方よ。

あ、残るってことか”

 

”目覚ましが聞こえないとか、効きすぎているのかなと思いまして”

ハルシオンマイスリーがもっと短いから変えてみましょう”

 

マイスリーは好きじゃない。

 

でも、トリアゾラムは多くの精神科医が処方を渋る薬だ。このDR.はどちらを処方するか?

 

ためらいもなくDR.はハルシオン、とPCに入力した。

レンドルミンmgからハルシオンmgに変更になった。

10年程前か、不眠症であった時に、ハルシオンはずっと飲んでいて、

わたしには合っていたのか本当に超短期作用型で朝に残るということがなかった。

但し服用していつまでも起きていると、健忘はする。

   

ベンゾジアゼピン系は耐性も出来るし依存率が高い。

そして悪名高きハルシオンは医師がなかなか処方したがらない薬だが、

DR.はあっさり処方した。

ハルシオンは永いこと良き戦友で、信頼し頼っていた。

もちろん耐性は出来て、不眠の時は他に2種類の眠剤を合計3剤併用していた。

なんだか、古い友人に会えた様で、ちょっぴり嬉しかった。

 

レンドルミンは眠れなかった時期には、

ちっとも効き目がなくわたしは自分の中でヘッポコと呼んでいて、

処方されそうになると嫌だ、と言って処方させなかった。

今は服用すればぐっすり眠れる。

翌朝健忘したりフラフラしたりなど残ることもない。

ただ寝すぎてしまう。眠剤のせいかはわからない。

 

この晩は、また会えたね、とハルシオンを禁止されている2T服用して寝た。

耐性があるので1Tでは不安だし、起きるのが遅くなっても翌日は日曜だ。

 

しかし、翌日曜は明け方3時に目が覚めた。

すっきりと。久々にすっきりと目が自然に開いたのだ。

本当は就寝前の薬としては

トフラニール10mg 1T

ガパペン200mg 1T

ロナセン2mg 1T

リボトリール0.25mg 1T

エビリファイ1mg 1Tor2T

デパス0.5mg 1T

桂枝加黄耆湯 1包

ハルシオン0.25mg 1T

の服用だ。あとは夕方にストラテラカプセル25mg 1C。

 

この夜はハルシオンエビリファイしか服用しなかった。

薬が良かったのか体調の波が起きられる波なのかわからないが、起きられたことは嬉しく、家事をしたり仕事の勉強をしたり、ゆっくりと充実した1日を送れた。

 

それからは、毎晩ハルシオンを。とはならず。

やはり寝坊が怖い。

2230に寝床に入れない日は、眠剤は服用しない。

ハルシオンは大丈夫という気持ちはあるが、

念のためというか、眠れなかったあの時期とは身体が違う。

あの時期は、仮にわたしのお酒にハルシオンを盛る人がいたとしても

わたしは眠らない。そんな人はいなかったが、ハルシオンでは寝ない自信があった。

眠れなくても、なぜか離せなかった眠剤

今また思いがけず逢えた。

わたしの夜通し放映されるの血みどろの夢たちを忘れさせて。

何もかも忘れて目覚めさせて。

 

でも、眠りが怖い。

生きていて目覚めないことが怖い。

 

どうしても覚醒用の薬だけを服用してしまう悪循環。

起きられることが全て。

起きることができればそれでいい。

 

でも今が良ければそれでいいという刹那的な考えは

間違っているのではないかという思いもある。

 

ならばどうしたら。

 

生きる時間は「今」しかない。

 

それで壊れてしまう身体なら、崩壊してから考えよう。

 

 

 

 

 

1日の半分を占める仕事のこと|特発性過眠症と猫と

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この会社に転職してから、2年強経った。
信濃町から今の西新宿の勤務地に移ってからは1年4ヶ月。

忙しいこの仕事場に初めは何もかもがわからず、
かなりの神経と体力を消耗した。

会う人会う人に激ヤセしたけど大丈夫?!
といわれる始末だ。
若い頃なら、もう無理!
と諦めたかもしれない。
でも色々な経験を経てきて、仕事に関しては
現状に嘆くよりも、仕事を覚えればもう少し楽になるはず、
と先を見ることができるようになっていた。

最近は点だったものが線になり、
何に対してもあたふたすることが少なくなった。
それでも1日が終わるとぐったりする。
物凄く集中力と緊張感を持っていたことがわかる。


わたしの仕事は、
大きな施設に小さなスペースを借りている外注業者で、
そこに常勤する私たちは駐在員と呼ばれている。

当然、外注に出される仕事を請け負い、
その仕事を処理する。
駐在員は1つの施設に1〜3人で、
わたしのいる施設はわたし含めて2人だ。
早番遅番とあり、早番の時はもちろん
朝1人なので遅刻は許されない。

早番の週はドキドキハラハラ緊張マックスだ。

もう1人の駐在員は、勤続30年程の大ベテランで
さらに資格も持っているので知識も豊富。
色々教えてくれるが、基礎のところが出来ていないわたしにとっては
その半分くらいしか理解が出来ない。

色々叱られたりもする。

仕事のことなら受け入れられるが、
何だかとても不条理に思うことで叱られることもある。
さすがにムカッとするが、
色んなことに紐付いてのお叱りなんだろうなと思うと、
受け入れざるを得ない。

彼女はB型で、だからなのかわからないが、
言いたいことは黙っていられないので全部言うし、
思いついたことは即行動するし、わたしにも強いる。
正直きつい性格といえる。
彼女は気に入らない駐在、営業を何人も辞めさせて来た人だ。

この人の下にわたしをやることを
実は所長はじめみんなが心配していたらしい。
でも近頃はわたしの仕事も認められつつあり、
任せてくれる時もあるし、
無理難題を突きつけてくることが少なくなった。
それだけでストレスも軽減する。

今は彼女とやれるのはわたししかいないかも、
という評価に変わっている。

彼女は時々わたしに言う。

”我慢強いよね。私にガーガー言われてムカつかないの?
いつも穏やかだけど、もうお前となんかやってられるか!!!
ってならないの?”と。

試していたんだな、と思いながら、

”なりませんよ。
言われるのはわたしが出来ないからであって、
それは経験に繋がるのだと受け止めています。
それにわたしは感情を爆発させることってほとんど無いんです。”

と答える。

タイプの全く違う私達だが、
何と無くうまくいきそうな気がして来ている。
それに、わたしと仕事をする様になってから
彼女がずいぶん柔らかくなった、と言う声もある。
ギスギスした職場は嫌だ。
だからちょっと嬉しい。


わたしは電話が苦手なのだが、
絶え間なく電話がなる日もある。
その場で解決できる問い合わせの時もあるし、
調べなければ答えられないこともある。
そして調べることに集中できればいいが、
容赦無く次の電話が鳴りどれも解決できないまま次々と問い合わせを受ける。
優先をつけようにもどれも急ぎの案件で優先がつけられない。

何もかもなかったことにして逃げ出したくなるのだが、
そうもいかない。
悪い頭をフル回転させて気持ちを落ち着けて、
1つ1つやっていけば終わりはある、
と黙々とこなす。電話だけではない。
色んな雑務も非情なスピードで襲ってくる。

必死。

こういうことを言うのだろうな。と思う。

1時間の昼休みにはおむすび2つを20分で食べて、薬を服用し、
残りの時間は食堂を出て薄暗い講堂で耳栓をして仮眠する。
主治医から、仮眠は禁止されているのだが、
ザワザワガチャガチャした心をリセットさせるために違反。

この時間だけが誰にも邪魔されない時間。
気持ちを緩めることができる。

見えないところがじわじわと蝕まれているのかもしれないが、
我ながらよく身も心も持つものだと、
丈夫に産んでくれた両親に感謝をする。

今のところはまだ動くことが出来ている。

なぜそんなにこの仕事に固執するのか。
他の道もあるのだから、と言われることもある。

わたしは今までブラックといわれる職場でしか働いたことがない。
選ぶところがいつもブラックだったのだ。
解雇後、1年少し仕事探しをしてやっと縁のあったこの会社は、
給料は高くないが、僅かだが昇給や賞与もある。
有給も増えていくのだ。
福利厚生もしっかりしていて社会保険だ。
当たり前のことなのかもしれないがこれらの環境の整った会社にいられること、
ありがたくて、簡単には辞めたくはない。
長い求職期間には何十社と受けたが、このような条件の会社は1つもなかった。
大手を受けていればあったのかもしれないが、
大手にはわたしの希望する職種はなかったのだ。

わたしの仕事には、結果を待つ人達がいる。
その人たちの為に必死になってやっている毎日。
やりがいもある。
もっと勉強してあの人に頼めば大丈夫、と認められる駐在員になりたい。



特発性過眠症と共に仕事を続けるのはやや大変だ。
でもこれも試練。
もっと苦しい病と闘っている人は沢山いる。
わたしなんて全然大した苦労ではない。



最近偶然知ったのだが、ナルコレプシーとHLAの関係。

HLA(Human Leukocyte Antigen)とは、白血球の血液型。
HLAは拒絶反応など、自己と他者を区別しコントロールする役割をもっている。
HLAとの関連がある病気は、いくつかあって、
それは全て自己免疫疾患だ。
(本来自分を守るべき免疫機能が、なんらかの理由で自分自身を攻撃してしまう病気)

ナルコレプシーの99%以上は、HLAが特定の型を持っていることがわかったらしい。

日本のナルコレプシーの患者さんは、
HLA-DRB1*15:01-DQB1*06:02
という遺伝子型の組み合わせを持っていることが特徴で
ナルコレプシーの発症原因も
自己免疫疾患なのではないかと考えられ研究が進められているが、
まだ明確な証拠は得られていない。
そして、一般健常者の12~13%がこのHLA遺伝子型を持つため、
このHLA型の有無は診断基準には入っていない。

というものだ。

なかなか興味深いと思った。
HLA検査をした事もする予定もないが、(保険通っていないし)
でも機会があったらしてみたいと思った。

わたしはナルコではないが、
以前、DR.がナルコと診断できない過眠症は特発性過眠症過眠症という診断になる、
と言っていた。

その特発性過眠症もいくつかに分類されるのだが、
今も原因不明、治療法も見つかっていないのだろう。
薬で症状を抑えられる様に調整するのみだ。

特発性過眠症にも何か手がかりがあればいいのに。
何か、れっきとした病気なのです、というものが欲しい。
そうすれば、周りの人も少しはわかってくれるのではないか、
と思う。

わたしの場合、実家に帰って仕事もせず療養する事になったら、
間違いなく甘えが出て堕落するだろう。
病と甘えで何日も寝たきりになることは目に見えている。
身内だからって迷惑はかけたくない。

だからやっぱり仕事をして、
強制的に起きて眠気と戦いながら過ごすことは大切で、
それで完治することがあるのかはわからないが、
わたしはこちらの道を選ぶ。
自分の力でなんとかできるうちは。

甘えの出る環境はいけない。

だから明日も目覚めたなら
仕事に出かける。

3人の暮らしを守るために。
堕ちるくらいなら死を選ぶ。

頑張れわたし。

まだやれるはずだ。

生と死、意味なんて知らなくていい|特発性過眠症と猫と

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生と死は実はとても近い距離にあるものだと思う。

元気に暮らしている時は、いかにも自分には
死は遠いところにあるように思うが
それは錯覚に過ぎない。

明日の命の保証をされている人間などこの世にはいない。

この頃は朝目が開くと、
今日も目が覚めたんだな、
今日も生きるんだな、と思う。


いつもと変わらぬ1日を過ごし、
帰る家があることに、
元気にわたしを待ってくれている
家族がいることに感謝をする。

平日は仕事が絶対的な存在で仕事のみだ。

でもそれでいいと今は思う。

仕事に集中している時間は
他のことは何も考えないからだ。

職場の人たちは、片道2時間近くかかる私の通勤時間に
疑問を持っている。
ただでさえ拘束時間の長い仕事なのだから
もっと近くに越して来ればいいのに、と。

特発性過眠症の病のことを考えれば、
もっと職場に近い方がいいなと思うこともある。

でもわたしは、パートナーとの思い出が
沢山あるこの土地を離れる気持ちはない。


しかし、通勤も仕事も大変で、満身創痍、
パートナーが逝ってしまったあの日から
わたしは全力で走り続けている。

よく身も心も持つものだな、と自身で思う。

あっという間に時間は経っていくが
わたしの気持ちはあの日で時が止まっている。


人と会っている時は気も紛れるが1人になれば、
こぶーちゃんとちこをかまっている時以外特に楽しいことなどないし、
何も感じない。

食事は倒れたら仕事も出来なくなると思うから食べるが、
美味しいとも思わないし、食べたいものなども特にない。
休みの日はお酒ばかり飲み、酔わず、食事は1回するかしないかだ。

行きたい所もないので出かけない。

お酒がなくなりそうになった時だけ近所に買い物に行くくらいだ。

友人にも会いたいとも思わないので連絡も取らない。

やっている事は仕事と仕事ができる環境を保つ事、
猫と一緒の時間を過ごす事。
それだけの日々。
だけど今はそれが精一杯で、そしてそれで十分だ。

特発性過眠症という病を持っているが、
病といっても死につながる病ではない。
それ故か、今日1日を大切に生きる努力はしていない。

今日という日は今日一度しかない。
明日になれば明日は今日になるけれど
昨日となってしまった今日とは似ていても違う日だ。

心のない機械の様に生きている私は1日を無駄にしているのだろう。

時はきちんと正しいスピードで進んでいる。
わたしの時は止まっていても、
当たり前だが実際の時は確実に正しく経っている。

口では前に向かって歩こうとか、
頑張ろうとか言っているけれど、
心はついて行くことが出来ていない。

今でもパートナーの帰りを待っていて、
引越しの時にどうしても部屋に入らないものはリサイクルに回したりもしたが、
ほぼパートナーのものは置いてある。
靴下だって服だって机だってPCだってすぐに使える状態だ。
今日帰ってきても全然大丈夫。

でも帰ってこない事は心のどこかでわかっている。

昨日は頭の中で思い出がぐるぐる回り、
帰りのバスの中で涙を流していた。

降りるバス停を通り過ぎていた。

降りたことのないバス停で降りると、
セブンイレブンがあったので、
よく2人で歩きながら飲んだお酒を2本買った。
家まではいつもより少し多く歩くだろうから500mlでちょうど良いだろう。

1本は家に帰ったらすぐパートナーにあげよう。
わたしは少し先にと、店を出てプルタプを開け、
ゆっくりと歩きながら思い出をたどる。

すれ違う人は他人のことなど見ていないので、
お酒を片手に涙を流しているおばちゃんには気付かない。
気付いて変な目で見られようと構わない。

暗い道で迷ったりもしながら、
飲み終わる頃になんとか家にたどり着く。
玄関を開けるとこぶーちゃんとちこが待っていた。

こぶーちゃんとちこと接している時だけ色彩を感じる。

こぶーちゃんとちこはわたしがこのまま生き続けたら、
わたしより先に往くはずだ。
猫の寿命は15〜20年といわれている。
寿命を全うすればあと、9〜14年生きることになる。

この小さき宝物の2人には何でもしてあげたい。

この子達は死など考えてはいないだろう。
生きることだけを考えている。
その生命力がわたしに力を与える。
そしてその生命が尽きた時、わたしの役目は終わり、
その先は。
わからない。

何かを見つけているのかもしれないし、
今とさして変わらないのかもしれない。

今はただ流れてゆくだけだ。


愛している、という言葉を今までの恋愛で感じたことはなかった。
愛しているという意味がわからなかった。
でもパートナーと出会い、愛しているという言葉、気持ちを初めて理解した。

この世に永遠に続くものなどないと思っているが、
パートナーとこぶーちゃんとちこに対する愛は生涯変わることはないただ1つの事だ。

新たなパートナーができる可能性もあるかもしれないが、
この愛は持ち続けるだろう。
別の次元の存在だから。

今まで生きてきて、自分を不幸だと思ったことはない。
今は少し疲れただけ。
本当に色んな事を体験してきたが、其れなりになんでも受け止めてきた。
単なる経験にすぎない。

パートナーには色んな事を教えてもらった。
色んな素敵な思い出をくれた。
楽しい時間を、共に過ごしてくれた。
感謝しかない。
出会えて本当に良かったと思っている。
生に執着のないわたしが、この人となら一緒に歳をとっていきたいと思った。
わたしが終わる時、そばにいて欲しいと思った。

でもパートナーはいない。



夜にも鳴いていた蝉の声が
リーリーという虫の声に変わっていた。

暑くて憂鬱な夏は案外短い事を知った。
時はあっという暇もないほど早く通り過ぎて行く。

生きていればなにか、何かが起こる可能性がある。
良いことも悪いことも。
終わるなら仕方ないと受け止め、
生きていれば1日を受け止める。
それだけだ。


診察の日であった。
2度寝し、気付くと予約時間1時間前。
諦めかけたのだが、何しろ主役ベタナミンリタリン
ベタナミンがないのだ。
ダメ元で兎に角病院に向かった。

結果は12時10分前に受付が出来た。
・・診てもらえる!
1時間待ち、診察室へ。

力尽き、しょっ中床で倒れていること、
朝がどうにもダメなことを話す。

”眠りの質が悪いのかしらね ”
Dr.が言う。

寝坊が怖くてこの頃眠剤は飲んでいない。
だからかも。と思うが言葉には出さなかった。
わたしは夢を多く見る。
夢の内容は、大抵知らない人が血みどろになる様な夢。

先日も知らない女の人の両手首が鋭い刃物によって
切断された。

こんなだから、眠剤を処方されているのだ。
眠剤を飲むと夢は覚えていない。
パートナーと夢で会えても忘れてしまうわけだ。

”先生、ガバペンを試してみたいのですが ”
”どうしてまた。・・いいですよ。でも、うーん ”
”単独では出せないから、あ、でもリボトリール出てるからいいか ”
てんかんとか、レストレスとか病名つけないと・・”

Dr.は独り言の様に言いながらキーボードを叩く。
レセプトではじかれてしまうのだろう。

しかし、結局、お試しどころか30日分処方してくれた。

ガバペンは、ある方からコメントで試してみては?と
アドバイスを頂いて、丁度診察の日だったので
処方をお願いしたのだ。

病院から帰宅すると出かけた疲れと睡魔で動けなくなった。

そうだ、ガバペン飲んでみよう。
デパスと一緒に服用し少し横になる。

しばらくすると何となくすっきりと目が覚めてきた様に
感じ、起き上がり、追加でリタリンを服用する。

気分はクリアーで、そして動ける。
もしかして効くのかも知れない。

寝る前に処方されているのだが
仕事が終わった頃に服用するのでもいいかもな、
とも思う。

でも朝起きるのが優先だから、ガバペンが
寝る前の方が良かったら
寝る前のエビリファイを仕事終わりにする、とか
色々試してみよう。

少し希望を見た診察の日。

bosatstan様、アドバイス、有難うございました。