特発性過眠症と猫と

特発性過眠症と診断された筆者の病気の経緯と、一緒に暮らしている2匹の猫との暮らしの日記。終わりたいけれど、生きなくては、とも思う心の不安定な様を不定期更新しています。

また逢えたね。トリアゾラム|特発性過眠症と猫と

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DR.都合で9月は9日土曜日が診察日となった。

先月受診してからまださほど経っていない。、薬も不足なものはない、

 

前日、仕事の送別式があり普段は会うことのない人達大勢との飲み会であった。

特にセーブしたつもりはない。飲み放題なはずなのにお酒が不足していた。

 

でもそのおかげで、ほぼ素面のまま帰宅できた。

しかし帰宅は遅く、次の日はやはり目覚ましに気づいたのがスヌーズでなった9時過ぎだった。

11時の予約にはすぐ出ればギリギリで間に合うかもしれないが、

図々しくなっているわたしは軽く朝食をとった。

12時までに着ければいい。

予約時間に遅れても診てもらえるから

 

2時間経ち.呼ばれたのは1番最後で、途中に組み入れてもらうことは出来なかったらしい。

患者はもう誰もいない。

遅れてきたわたしが悪いのだから仕方ないね、

 

目覚ましの聞こえない朝が度々あり、夜の眠剤が怖くて飲めない

と伝える

処方を見直しながらDR.はエビリファイを入れましょう。あ、もう出てるか。

じゃあね、量を減らしましょう。少ない量の方が覚醒には効果がある薬なので ”

 

エビリファイOD 3mgからエビリファイ1mg 2Tに変更になった。

1 Tと2T両方試してみてね

と言った

眠剤は今も長く作用するタイプではないと思いますけれどもっと短いの、ありませんか”

レンドルミンは短い方よ。

あ、残るってことか”

 

”目覚ましが聞こえないとか、効きすぎているのかなと思いまして”

ハルシオンマイスリーがもっと短いから変えてみましょう”

 

マイスリーは好きじゃない。

 

でも、トリアゾラムは多くの精神科医が処方を渋る薬だ。このDR.はどちらを処方するか?

 

ためらいもなくDR.はハルシオン、とPCに入力した。

レンドルミンmgからハルシオンmgに変更になった。

10年程前か、不眠症であった時に、ハルシオンはずっと飲んでいて、

わたしには合っていたのか本当に超短期作用型で朝に残るということがなかった。

但し服用していつまでも起きていると、健忘はする。

   

ベンゾジアゼピン系は耐性も出来るし依存率が高い。

そして悪名高きハルシオンは医師がなかなか処方したがらない薬だが、

DR.はあっさり処方した。

ハルシオンは永いこと良き戦友で、信頼し頼っていた。

もちろん耐性は出来て、不眠の時は他に2種類の眠剤を合計3剤併用していた。

なんだか、古い友人に会えた様で、ちょっぴり嬉しかった。

 

レンドルミンは眠れなかった時期には、

ちっとも効き目がなくわたしは自分の中でヘッポコと呼んでいて、

処方されそうになると嫌だ、と言って処方させなかった。

今は服用すればぐっすり眠れる。

翌朝健忘したりフラフラしたりなど残ることもない。

ただ寝すぎてしまう。眠剤のせいかはわからない。

 

この晩は、また会えたね、とハルシオンを禁止されている2T服用して寝た。

耐性があるので1Tでは不安だし、起きるのが遅くなっても翌日は日曜だ。

 

しかし、翌日曜は明け方3時に目が覚めた。

すっきりと。久々にすっきりと目が自然に開いたのだ。

本当は就寝前の薬としては

トフラニール10mg 1T

ガパペン200mg 1T

ロナセン2mg 1T

リボトリール0.25mg 1T

エビリファイ1mg 1Tor2T

デパス0.5mg 1T

桂枝加黄耆湯 1包

ハルシオン0.25mg 1T

の服用だ。あとは夕方にストラテラカプセル25mg 1C。

 

この夜はハルシオンエビリファイしか服用しなかった。

薬が良かったのか体調の波が起きられる波なのかわからないが、起きられたことは嬉しく、家事をしたり仕事の勉強をしたり、ゆっくりと充実した1日を送れた。

 

それからは、毎晩ハルシオンを。とはならず。

やはり寝坊が怖い。

2230に寝床に入れない日は、眠剤は服用しない。

ハルシオンは大丈夫という気持ちはあるが、

念のためというか、眠れなかったあの時期とは身体が違う。

あの時期は、仮にわたしのお酒にハルシオンを盛る人がいたとしても

わたしは眠らない。そんな人はいなかったが、ハルシオンでは寝ない自信があった。

眠れなくても、なぜか離せなかった眠剤

今また思いがけず逢えた。

わたしの夜通し放映されるの血みどろの夢たちを忘れさせて。

何もかも忘れて目覚めさせて。

 

でも、眠りが怖い。

生きていて目覚めないことが怖い。

 

どうしても覚醒用の薬だけを服用してしまう悪循環。

起きられることが全て。

起きることができればそれでいい。

 

でも今が良ければそれでいいという刹那的な考えは

間違っているのではないかという思いもある。

 

ならばどうしたら。

 

生きる時間は「今」しかない。

 

それで壊れてしまう身体なら、崩壊してから考えよう。

 

 

 

 

 

1日の半分を占める仕事のこと|特発性過眠症と猫と

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この会社に転職してから、2年強経った。
信濃町から今の西新宿の勤務地に移ってからは1年4ヶ月。

忙しいこの仕事場に初めは何もかもがわからず、
かなりの神経と体力を消耗した。

会う人会う人に激ヤセしたけど大丈夫?!
といわれる始末だ。
若い頃なら、もう無理!
と諦めたかもしれない。
でも色々な経験を経てきて、仕事に関しては
現状に嘆くよりも、仕事を覚えればもう少し楽になるはず、
と先を見ることができるようになっていた。

最近は点だったものが線になり、
何に対してもあたふたすることが少なくなった。
それでも1日が終わるとぐったりする。
物凄く集中力と緊張感を持っていたことがわかる。


わたしの仕事は、
大きな施設に小さなスペースを借りている外注業者で、
そこに常勤する私たちは駐在員と呼ばれている。

当然、外注に出される仕事を請け負い、
その仕事を処理する。
駐在員は1つの施設に1〜3人で、
わたしのいる施設はわたし含めて2人だ。
早番遅番とあり、早番の時はもちろん
朝1人なので遅刻は許されない。

早番の週はドキドキハラハラ緊張マックスだ。

もう1人の駐在員は、勤続30年程の大ベテランで
さらに資格も持っているので知識も豊富。
色々教えてくれるが、基礎のところが出来ていないわたしにとっては
その半分くらいしか理解が出来ない。

色々叱られたりもする。

仕事のことなら受け入れられるが、
何だかとても不条理に思うことで叱られることもある。
さすがにムカッとするが、
色んなことに紐付いてのお叱りなんだろうなと思うと、
受け入れざるを得ない。

彼女はB型で、だからなのかわからないが、
言いたいことは黙っていられないので全部言うし、
思いついたことは即行動するし、わたしにも強いる。
正直きつい性格といえる。
彼女は気に入らない駐在、営業を何人も辞めさせて来た人だ。

この人の下にわたしをやることを
実は所長はじめみんなが心配していたらしい。
でも近頃はわたしの仕事も認められつつあり、
任せてくれる時もあるし、
無理難題を突きつけてくることが少なくなった。
それだけでストレスも軽減する。

今は彼女とやれるのはわたししかいないかも、
という評価に変わっている。

彼女は時々わたしに言う。

”我慢強いよね。私にガーガー言われてムカつかないの?
いつも穏やかだけど、もうお前となんかやってられるか!!!
ってならないの?”と。

試していたんだな、と思いながら、

”なりませんよ。
言われるのはわたしが出来ないからであって、
それは経験に繋がるのだと受け止めています。
それにわたしは感情を爆発させることってほとんど無いんです。”

と答える。

タイプの全く違う私達だが、
何と無くうまくいきそうな気がして来ている。
それに、わたしと仕事をする様になってから
彼女がずいぶん柔らかくなった、と言う声もある。
ギスギスした職場は嫌だ。
だからちょっと嬉しい。


わたしは電話が苦手なのだが、
絶え間なく電話がなる日もある。
その場で解決できる問い合わせの時もあるし、
調べなければ答えられないこともある。
そして調べることに集中できればいいが、
容赦無く次の電話が鳴りどれも解決できないまま次々と問い合わせを受ける。
優先をつけようにもどれも急ぎの案件で優先がつけられない。

何もかもなかったことにして逃げ出したくなるのだが、
そうもいかない。
悪い頭をフル回転させて気持ちを落ち着けて、
1つ1つやっていけば終わりはある、
と黙々とこなす。電話だけではない。
色んな雑務も非情なスピードで襲ってくる。

必死。

こういうことを言うのだろうな。と思う。

1時間の昼休みにはおむすび2つを20分で食べて、薬を服用し、
残りの時間は食堂を出て薄暗い講堂で耳栓をして仮眠する。
主治医から、仮眠は禁止されているのだが、
ザワザワガチャガチャした心をリセットさせるために違反。

この時間だけが誰にも邪魔されない時間。
気持ちを緩めることができる。

見えないところがじわじわと蝕まれているのかもしれないが、
我ながらよく身も心も持つものだと、
丈夫に産んでくれた両親に感謝をする。

今のところはまだ動くことが出来ている。

なぜそんなにこの仕事に固執するのか。
他の道もあるのだから、と言われることもある。

わたしは今までブラックといわれる職場でしか働いたことがない。
選ぶところがいつもブラックだったのだ。
解雇後、1年少し仕事探しをしてやっと縁のあったこの会社は、
給料は高くないが、僅かだが昇給や賞与もある。
有給も増えていくのだ。
福利厚生もしっかりしていて社会保険だ。
当たり前のことなのかもしれないがこれらの環境の整った会社にいられること、
ありがたくて、簡単には辞めたくはない。
長い求職期間には何十社と受けたが、このような条件の会社は1つもなかった。
大手を受けていればあったのかもしれないが、
大手にはわたしの希望する職種はなかったのだ。

わたしの仕事には、結果を待つ人達がいる。
その人たちの為に必死になってやっている毎日。
やりがいもある。
もっと勉強してあの人に頼めば大丈夫、と認められる駐在員になりたい。



特発性過眠症と共に仕事を続けるのはやや大変だ。
でもこれも試練。
もっと苦しい病と闘っている人は沢山いる。
わたしなんて全然大した苦労ではない。



最近偶然知ったのだが、ナルコレプシーとHLAの関係。

HLA(Human Leukocyte Antigen)とは、白血球の血液型。
HLAは拒絶反応など、自己と他者を区別しコントロールする役割をもっている。
HLAとの関連がある病気は、いくつかあって、
それは全て自己免疫疾患だ。
(本来自分を守るべき免疫機能が、なんらかの理由で自分自身を攻撃してしまう病気)

ナルコレプシーの99%以上は、HLAが特定の型を持っていることがわかったらしい。

日本のナルコレプシーの患者さんは、
HLA-DRB1*15:01-DQB1*06:02
という遺伝子型の組み合わせを持っていることが特徴で
ナルコレプシーの発症原因も
自己免疫疾患なのではないかと考えられ研究が進められているが、
まだ明確な証拠は得られていない。
そして、一般健常者の12~13%がこのHLA遺伝子型を持つため、
このHLA型の有無は診断基準には入っていない。

というものだ。

なかなか興味深いと思った。
HLA検査をした事もする予定もないが、(保険通っていないし)
でも機会があったらしてみたいと思った。

わたしはナルコではないが、
以前、DR.がナルコと診断できない過眠症は特発性過眠症過眠症という診断になる、
と言っていた。

その特発性過眠症もいくつかに分類されるのだが、
今も原因不明、治療法も見つかっていないのだろう。
薬で症状を抑えられる様に調整するのみだ。

特発性過眠症にも何か手がかりがあればいいのに。
何か、れっきとした病気なのです、というものが欲しい。
そうすれば、周りの人も少しはわかってくれるのではないか、
と思う。

わたしの場合、実家に帰って仕事もせず療養する事になったら、
間違いなく甘えが出て堕落するだろう。
病と甘えで何日も寝たきりになることは目に見えている。
身内だからって迷惑はかけたくない。

だからやっぱり仕事をして、
強制的に起きて眠気と戦いながら過ごすことは大切で、
それで完治することがあるのかはわからないが、
わたしはこちらの道を選ぶ。
自分の力でなんとかできるうちは。

甘えの出る環境はいけない。

だから明日も目覚めたなら
仕事に出かける。

3人の暮らしを守るために。
堕ちるくらいなら死を選ぶ。

頑張れわたし。

まだやれるはずだ。

生と死、意味なんて知らなくていい|特発性過眠症と猫と

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生と死は実はとても近い距離にあるものだと思う。

元気に暮らしている時は、いかにも自分には
死は遠いところにあるように思うが
それは錯覚に過ぎない。

明日の命の保証をされている人間などこの世にはいない。

この頃は朝目が開くと、
今日も目が覚めたんだな、
今日も生きるんだな、と思う。


いつもと変わらぬ1日を過ごし、
帰る家があることに、
元気にわたしを待ってくれている
家族がいることに感謝をする。

平日は仕事が絶対的な存在で仕事のみだ。

でもそれでいいと今は思う。

仕事に集中している時間は
他のことは何も考えないからだ。

職場の人たちは、片道2時間近くかかる私の通勤時間に
疑問を持っている。
ただでさえ拘束時間の長い仕事なのだから
もっと近くに越して来ればいいのに、と。

特発性過眠症の病のことを考えれば、
もっと職場に近い方がいいなと思うこともある。

でもわたしは、パートナーとの思い出が
沢山あるこの土地を離れる気持ちはない。


しかし、通勤も仕事も大変で、満身創痍、
パートナーが逝ってしまったあの日から
わたしは全力で走り続けている。

よく身も心も持つものだな、と自身で思う。

あっという間に時間は経っていくが
わたしの気持ちはあの日で時が止まっている。


人と会っている時は気も紛れるが1人になれば、
こぶーちゃんとちこをかまっている時以外特に楽しいことなどないし、
何も感じない。

食事は倒れたら仕事も出来なくなると思うから食べるが、
美味しいとも思わないし、食べたいものなども特にない。
休みの日はお酒ばかり飲み、酔わず、食事は1回するかしないかだ。

行きたい所もないので出かけない。

お酒がなくなりそうになった時だけ近所に買い物に行くくらいだ。

友人にも会いたいとも思わないので連絡も取らない。

やっている事は仕事と仕事ができる環境を保つ事、
猫と一緒の時間を過ごす事。
それだけの日々。
だけど今はそれが精一杯で、そしてそれで十分だ。

特発性過眠症という病を持っているが、
病といっても死につながる病ではない。
それ故か、今日1日を大切に生きる努力はしていない。

今日という日は今日一度しかない。
明日になれば明日は今日になるけれど
昨日となってしまった今日とは似ていても違う日だ。

心のない機械の様に生きている私は1日を無駄にしているのだろう。

時はきちんと正しいスピードで進んでいる。
わたしの時は止まっていても、
当たり前だが実際の時は確実に正しく経っている。

口では前に向かって歩こうとか、
頑張ろうとか言っているけれど、
心はついて行くことが出来ていない。

今でもパートナーの帰りを待っていて、
引越しの時にどうしても部屋に入らないものはリサイクルに回したりもしたが、
ほぼパートナーのものは置いてある。
靴下だって服だって机だってPCだってすぐに使える状態だ。
今日帰ってきても全然大丈夫。

でも帰ってこない事は心のどこかでわかっている。

昨日は頭の中で思い出がぐるぐる回り、
帰りのバスの中で涙を流していた。

降りるバス停を通り過ぎていた。

降りたことのないバス停で降りると、
セブンイレブンがあったので、
よく2人で歩きながら飲んだお酒を2本買った。
家まではいつもより少し多く歩くだろうから500mlでちょうど良いだろう。

1本は家に帰ったらすぐパートナーにあげよう。
わたしは少し先にと、店を出てプルタプを開け、
ゆっくりと歩きながら思い出をたどる。

すれ違う人は他人のことなど見ていないので、
お酒を片手に涙を流しているおばちゃんには気付かない。
気付いて変な目で見られようと構わない。

暗い道で迷ったりもしながら、
飲み終わる頃になんとか家にたどり着く。
玄関を開けるとこぶーちゃんとちこが待っていた。

こぶーちゃんとちこと接している時だけ色彩を感じる。

こぶーちゃんとちこはわたしがこのまま生き続けたら、
わたしより先に往くはずだ。
猫の寿命は15〜20年といわれている。
寿命を全うすればあと、9〜14年生きることになる。

この小さき宝物の2人には何でもしてあげたい。

この子達は死など考えてはいないだろう。
生きることだけを考えている。
その生命力がわたしに力を与える。
そしてその生命が尽きた時、わたしの役目は終わり、
その先は。
わからない。

何かを見つけているのかもしれないし、
今とさして変わらないのかもしれない。

今はただ流れてゆくだけだ。


愛している、という言葉を今までの恋愛で感じたことはなかった。
愛しているという意味がわからなかった。
でもパートナーと出会い、愛しているという言葉、気持ちを初めて理解した。

この世に永遠に続くものなどないと思っているが、
パートナーとこぶーちゃんとちこに対する愛は生涯変わることはないただ1つの事だ。

新たなパートナーができる可能性もあるかもしれないが、
この愛は持ち続けるだろう。
別の次元の存在だから。

今まで生きてきて、自分を不幸だと思ったことはない。
今は少し疲れただけ。
本当に色んな事を体験してきたが、其れなりになんでも受け止めてきた。
単なる経験にすぎない。

パートナーには色んな事を教えてもらった。
色んな素敵な思い出をくれた。
楽しい時間を、共に過ごしてくれた。
感謝しかない。
出会えて本当に良かったと思っている。
生に執着のないわたしが、この人となら一緒に歳をとっていきたいと思った。
わたしが終わる時、そばにいて欲しいと思った。

でもパートナーはいない。



夜にも鳴いていた蝉の声が
リーリーという虫の声に変わっていた。

暑くて憂鬱な夏は案外短い事を知った。
時はあっという暇もないほど早く通り過ぎて行く。

生きていればなにか、何かが起こる可能性がある。
良いことも悪いことも。
終わるなら仕方ないと受け止め、
生きていれば1日を受け止める。
それだけだ。


診察の日であった。
2度寝し、気付くと予約時間1時間前。
諦めかけたのだが、何しろ主役ベタナミンリタリン
ベタナミンがないのだ。
ダメ元で兎に角病院に向かった。

結果は12時10分前に受付が出来た。
・・診てもらえる!
1時間待ち、診察室へ。

力尽き、しょっ中床で倒れていること、
朝がどうにもダメなことを話す。

”眠りの質が悪いのかしらね ”
Dr.が言う。

寝坊が怖くてこの頃眠剤は飲んでいない。
だからかも。と思うが言葉には出さなかった。
わたしは夢を多く見る。
夢の内容は、大抵知らない人が血みどろになる様な夢。

先日も知らない女の人の両手首が鋭い刃物によって
切断された。

こんなだから、眠剤を処方されているのだ。
眠剤を飲むと夢は覚えていない。
パートナーと夢で会えても忘れてしまうわけだ。

”先生、ガバペンを試してみたいのですが ”
”どうしてまた。・・いいですよ。でも、うーん ”
”単独では出せないから、あ、でもリボトリール出てるからいいか ”
てんかんとか、レストレスとか病名つけないと・・”

Dr.は独り言の様に言いながらキーボードを叩く。
レセプトではじかれてしまうのだろう。

しかし、結局、お試しどころか30日分処方してくれた。

ガバペンは、ある方からコメントで試してみては?と
アドバイスを頂いて、丁度診察の日だったので
処方をお願いしたのだ。

病院から帰宅すると出かけた疲れと睡魔で動けなくなった。

そうだ、ガバペン飲んでみよう。
デパスと一緒に服用し少し横になる。

しばらくすると何となくすっきりと目が覚めてきた様に
感じ、起き上がり、追加でリタリンを服用する。

気分はクリアーで、そして動ける。
もしかして効くのかも知れない。

寝る前に処方されているのだが
仕事が終わった頃に服用するのでもいいかもな、
とも思う。

でも朝起きるのが優先だから、ガバペンが
寝る前の方が良かったら
寝る前のエビリファイを仕事終わりにする、とか
色々試してみよう。

少し希望を見た診察の日。

bosatstan様、アドバイス、有難うございました。

有給休暇。ゆっくりする予定だったのに|特発性過眠症と猫と

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水曜日、1日だけ有給休暇が取れたので、 ゆっくりと映画でも観るつもりでいた。

しかし、先週の土曜日、

案の定目覚めたのが日曜日であった為、 診察日であったのに行くことが出来なかった。

いつも余るベタナミンが無くなり、非常事態だと感じた。

どうしようかなあ、今週は土曜日仕事だし・・・ と考えていたところ、主治医は水曜も診察をしていたのでは? と思い出し、調べてみたら今も変わらず水曜の医師表に名前があったので、 急遽出かけることになったのだ。

・・映画とかって・・。やっぱ無理だよね。

土曜より空いているかと思いきや、 意外に混んでいて、 自分は予約日ではないので覚悟はしていたが、 やはり1時間半は待った。

同じく薬局でも。

夕方になったが、まあ、しかたがない。 次の日からはまた仕事だから、 遅くまで起きている事はできないが、 家に帰って発泡酒を何本かあける時間はあるのだ。 良しとすることにした。

朝がちょっと大変な日が続いている。

目覚ましが聞こえない、 音に気づいても目が覚め切らず、 寝床の中でグズグズしてしまう。

やっと寝床から這い出してもまともに歩けず、 狭い部屋で猫の飲み水をひっくり返したり、 猫本体を踏みそうになったりする。

就寝時に身体に当たる扇風機の風がだるさの原因なのか、 最近は凍結しても、柔らかいひんやりジェル枕なるものを使って寝ているが、 それが頭と首筋を冷やし過ぎているのか、 梅雨明けした途端、雨や台風がやってきて、その気圧の関係なのか、

何か外的な要因もあるような気がする。

対策を取らねば、寝床でぐずる事がルーチンになってしまう事は避けたい。

ぱっと起きることも出来るんだよ、という事を身体が忘れてしまったら困る。

家を出る2時間前には起床したい。

それができていた日々もあったのだ。

私は寝起きがとても悪いために、家を出る1時間前に起きるのでは 仕度は何とか出来るが、慌ただしすぎる。

猫のこぶーちゃんとちこにもかまってあげられない。

そして、満員電車を乗り継ぎ、 そのまま気を抜けない仕事に突入だ。

今の仕事をしくじる訳にはいかない。

しくじったら成るように成るしか無いのだが、 なるべくならあの無職期間を再度味わうなどしたくはない。

よって、自分が特発性過眠症に罹患している事、 前職を過眠症が原因で解雇になっている事、 休みの土曜に月1で病院にかかっている事、 過眠症ブログをしている事、などなど。 特発性過眠症過眠症の事は今の職場の人間には極秘だ。

親しくなった様に感じても、打ち明けるつもりはない。

寝坊による遅刻が頻繁になったり、 前の様に仕事中に眠ってしまうとかない限りは、 自分の評価を下げる事は言う必要はないと思っている。

特発性過眠症の理解者などそうそういないからだ。

大変だよね、頑張って。 なんて言ってくれても自分に迷惑がかかってくれば、 態度は豹変し、眠いなんて気持ちの問題じゃないの?と。

そう思うのはごく普通のことかもしれないが、 わたしにしてみればうわべだけの理解者。

信用ならない。

傷つくだけなのだから、打ち明ける必要はない。

そんな目で見られれば、本当に交通機関の遅延で遅刻しても また寝坊なんでしょ?と見られかねない。

でも、生活を共にする人からしたら、 過眠症の症状、たまったものではない。と思う。

度重なれば人ってなんで自分ばかり負担を負うのか? と当然思うものだから。

パートナーは本当に理解者であった。

いや、理解者ではない。

わたしをわかってくれていた。

こう言うのが一番しっくりくる。

パートナーは20代でステージ4の癌を患い、 奇跡的に完治したと治療を終え、 15年後再発し、ここを去った。

最初の癌での入院中、死を近くに感じ、意識し、 これまでの考え方が変わったと言っていた。

穏やかで、上手く言えないが心の広い人間であった。

わたしの朝起きられない度重なる様に、 自分がこんなに大変な思いして起こしているのに、ちっとも起きない、 など思わないでいてくれた。 ずっと変わらず、入院する寸前までわたしを毎朝起こし続けてくれた。

でも、わたしが甘えで起きない時にはちゃんと見抜いていた。

パートナーの日記というのか雑記というのか、 片付けをしていて見つけたノートには、 自身のことわたしのことが綴られていてわかったのだ。

どうしても起きれられないわたしに、イラつきを感じることなく、 全力で協力してくれた。

こんなにわたしをわかってくれるには人はそうそう出会う事はできないだろう。

だからわたしは、他人には病気を打ち明けない。

いい人だと思っても理解者になってくれるとは限らない。

わかってくれるとは限らない。

迷惑を迷惑と捉えない人などいるだろうか?

特殊な環境下にいた人、 もしくは同じ病に苦しむ人しか理解できないであろう。

人をわかってあげることは大変なことだ。 自分が不安定な状態では到底無理なことだ。

口先だけで優しいことを言う人間も沢山いる。 心が弱っている時には、そんな言葉に騙されてしまう。

わたしは傷つくのは嫌だ。

だから、他人に弱いところは見せない。

助けてとも言わない。

いや、今に始まった事ではなく、 物心ついた頃から、人にSOSを出せない性格で、 結局決めて、それをするのは自分なんだから、と いつでも何でも1人で解決してきた。

弱さを見せたのは、唯一パートナーだけだ。

だからパートナーはわたしを全力で支えてくれたのだろう。

そのパートナーは、今はいない。

わたしはまた孤独に戦うだけだ。

こぶーちゃんとちこを看取るまでは 何としても生きるつもりだが、 その後は、任務終了で、 もうここにいなくてもいいのだ。

何でも打ち明けることの出来る仲間がいないわたしを、 可哀想だと思いますか?

わたしは他人に対して、何も求めるものはありません。

人は人、自分は自分。

そう考える方が、閉ざして生きること方がずっと楽だ。

楽しいという感情は刹那的なもの。

その代わり喪失感や悲しみは四六時中身体を支配するのだ。

これ以上傷つくのはごめんだ。

ガン検診で引っかかった肺の再検に行った|特発性過眠症と猫と

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今年の1月のがん検診で、左肺に2箇所、

” 肉芽種疑い有り ”という通知が届いた。

半年以内に再検する様に、とあった。

 

この先に命に関わってくる事だとしても、

それならそれでいいや、むしろその方が。

という気持ちがあった。

 

パートナーを失ってから、生きるということに

意味があるとは思えないでいるからだ。

でも、周囲が心配してしまっていること、

こぶーちゃんとちこを残して先に逝くわけにいかないこと、

などの理由から、再検に行ってきた。

 

結果は、

1月の画像より大きくなっているわけではないし、

恐らく、肺炎などの際の炎症の傷でしょう。

と言われた。

肺炎になったことなどないのだが、

まあ、心配いらないとのことなので、

少し生き延びた気持ちを感じながら、病院を後にし、

仕事へ向かった。

 

そうね、こぶーちゃんとちこを最後までみる事が

私の残された使命だから、健康で頑張らなきゃね。

先に逝くなんて考えてごめんね。と反省した。

 

過眠症の方はとても辛い月だった。

何しろ眠い。

本当はやりたくない就寝前のベタナミン作戦も

何度もした。

 

朝は遅刻か?と危うい日もあり、設定時間に起きる事が

できないのは毎日。

2度寝もしてしまうし、

(ただ、自分の中では2度寝は甘えだとの認識)

午後もベタナミンリタリンを服用しても

眠い。

行きも帰りも電車で朦朧。

土曜に仕事から帰って、シャワーを浴びて、

早寝して、目が覚めたら月曜日だった時は

流石にこの病気、特発性過眠症を恨んだ。

 

 

今週は嬉しい3連休。

やらなければならない事が溜まっているので

次の日休日なのに、ベタナミンを飲んで眠り

朝なんとか起きた。

家事をしていたはずなのに、ふと気付くと

床に倒れている。

眠っていた様だ。

知らないうちに眠っているのは

本当に怖い事だと思う。

理解者もそうそういないしね。

 

順調に行っていたかと思うと

ずるずると底に引きずり下ろされる。

 

有効な治療方法はない。

 

 

眠さと戦っている最中、仕事の人から

飲みに誘われ、大久保に行った。

もちろん韓国料理のお店で、

サムギョプサルを食べた。

とってもぶ厚いお肉で、包む葉っぱも

たくさんの種類があって、食べ放題。

女子3人だったので、お肉だけでお腹いっぱい。

美味しかったが、中盤からお肉の脂が

きつくなってきて、家に着いてからも

口の中が脂の匂いでいっぱいで、ちょっと辛かった。

そういえば私は、お肉はあまり得意ではなかったのだった。

 

帰りがけ、韓国好きの2人は、市場によるというので付いて行った。

韓国のスーパーという感じ。

勧められてマッコリをカゴに入れた。

あとは買うものもないし、、と思いながらウロウロしていると

かっぱえびせんの様なものを見つけた。

しかも半額になっていて、味は違うのかな?

とカゴに入れた。

 

買ったものはそれだけ。

 

そして、かっぱえびせんはまだ開封されずに我が家にある。

 

 

眠い。

梅雨というのもあるのだろう。

気圧低下の頭痛も頻繁にある。

 

でも、あまり考えない様にしよう。

なる様にしかならないのだから。

 

来週の休みには、直売所に

トウモロコシを買いに行きたい。

1人ではどうなのだろう。

パートナーと一緒に美味しいね!

と言った、あの時と同じ味がするのだろうか。

 

 

休みの日なのに病院ではないところに行って来ましたよ|特発性過眠症と猫と

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27日、土曜日は東京ドームにプロ野球を観に行った。

 

プロ野球には全く興味はないのだが、

仕事場の人にチケットをもらってしまうのだ。

 

一緒に働いている人は、東京生まれで巨人ファンなので

それは大変大喜びでわたしを誘う。

 

この日で巨人戦を観に行くのは4回目になる。

 

高校野球観戦だったら喜んで出かけるのだが、、、

 

巨人の選手は1人も名前も知らない。

(4回目にしてやっとサカモトさんとシンノスケさんの名前は記憶した。

顔は残念ながらわからない)

 

仕事場の人には、

” 他の方を誘っていいんですよ?私でなくても・・”

というのだが

” ううん、いいの。行くでしょ?”

 

まあいいか。お付き合いだしね、

と言い聞かせて出かけた。

 

席に着くや否や、可愛いお姉ちゃんから高いビールを買う。

殆ど飲みに行っているようなものだ。

出かける前に家でもいい加減飲んでいるというのに・・

 

私はスポーツ全般に興味がない。

しかし野球だけは、ルールは知っているし、

しかもとてもいい席だったりするし、

全くつまらないというわけでもなく

流石プロだなあと感心する場面もあったり。

この日の試合は酷いものだったけれど。

 

 

たまには杏林以外に外出も必要なのだろうから、

時間もったいなかったなとか、

深く考えないようにしている。

人と一緒に飲むお酒はまた美味しいから。

 

今週は朝はきちんと起きることができたが、

午前中が眠くて眠くて仕方のない週だった。

また来月、診察に行けなかったら

薬も節約しておかないとな、とも思い、

朝にベタの追加はせずドリンク剤を飲んだりして何とか耐えた。

 

通勤中は激混みの中央線でも立ったままうとうとしてしまう。

駅につく度に、降りる人乗る人にどつかれまくって、

一瞬目が冷めるのだが、

今ここが何処なのか、何故ここにいるのか、家なのかわからない。

夜は眠剤も不要で、猫のちことじゃらしで5分ほど遊んで、

すぐに眠りに落ちる。

寝付くのに1分もかかっていないのではと思う。

 

でも、なんとなく過眠症の眠さとは違うような気がした。

普通の人の睡眠不足の眠さのような感じで、

寝坊してしまうのでは?仕事中眠ってしまうのでは?

といった不安は少なかった。

 

回復?

いや、やっぱり薬のおかげなのかな。

 

 

 

猫達は季節柄抜け毛が激しい。

服も部屋もすぐに毛だらけとなる。

 

家族にこの様な毛深い者がいない人達は

顔をしかめるだろう。

 

掃除とスキンシップも兼ねて、

朝晩こぶーちゃんとちこにブラシをかける。

面白い様に毛が取れる。

そして2人とも気持ちよさそうに目を閉じて喉を鳴らす。

そんな時間にわたしも癒される。

 

だから朝晩の猫たちとの時間は出来る限り優先している。

 

仕事に行けば、昼休憩の1時間しか緊張から逃れられないので

1日の約半分は気持ちがざわざわしていて、精神的に疲労する。

 

朝晩猫たちに安らぎをもらい、

日中は猫たちのために労働を賃金に変える。

家族を守る大黒柱のお父さんの様な感じ?なのかな。

 

ちこが25日で6歳になった。

(元野良ちゃんなので推定誕生日だが。)

ちこのほうが1か月年上で

 こぶーちゃんは6月27日で6歳。

こぶーちゃんの方が年下だが、ちこの面倒をよく見ていて

まるでお姉ちゃんみたいだ。

 

こぶーちゃんとちこは従姉妹。

 

こぶーちゃんはわたしと暮らしていたが、

ちこはパートナーの猫だった。

心無い人による虐待でちこはパートナーに保護され、

そしてわたしと暮らすようになった。

ちこは虐待により今もびっこだが本人は気にする様子もなく、

毎日じゃらしを咥えて、わたしの元に『遊ぶ?』とやってくる。

 

わたしはお母さんであり、お父さんであり。

毎日こんななのだが、今はそれでいいかな。

 

だって、一人じゃないと言っても、

実際一人だし、

まだ一人で何か違うことをするエネルギーも蓄えられていないし、

いつも支えてくれていた人がいないから、いろんな事が

何しろ怖いのだもの。

 

 

 

やれば出来る。やっと診察へ|特発性過眠症と猫と

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明日土曜は、仕事が休みだ。

何が何でも薬をもらいに行かなくては。

 

でも起きられる自信がない。

眠らずに土曜の朝を迎えるのが最善策なのかも知れない。

ベタナミンリタリンを服用すれば、一晩くらい起きていられる。

 

でも1週間働いた体は疲労MAXと言っているし、

徹夜をすると次の日、動悸が激しくなる。辛いのだ。

 

なので眠ることにした。

ストラテラベタナミンは節約したから数錠だが余っている。

これらを服用して23時に寝床へ入った。

 

もちろん眠剤は無しだ。

 

” 明日は仕事だから起きなくてはならない。”

 

仕事ではなく診察なのだが、

緊張感を持たせるため、自分を騙すつもりで

30回頭の中で唱えた。

 

目が覚めたのは、土曜日の明け方2時半だった。

 

やった。行ける。

慌てて枕元にセット済みの薬を水筒の氷水で流し込む。

そして、2度寝をしてしまう前に寝床から出た。

 

いかんせん早起きすぎるのだけれど、そして外は雨が降っているのだけれど

普通に生活を送るためには、杏林に行かなくてはならない。

 

温かい紅茶を入れて、ぼんやりしたり本を読んだり

猫にちょっかいを出したり、のんびり朝食を作ったりしていたら、

あっという間に出かける時間となった。

 

” お母さんはちょっと病院まで出かけてくるよ。

いい子で待っててね。ちゃんと帰ってくるから ”

 

猫のこぶーちゃんとちこにそう言って頭にキスをして

部屋を出る。

あとはひたすら待てば薬がもらえる。

 

 

4月15日が予約の日だったのだが、起きる事が出来ず、

翌週22日も起きる事が出来ず、その翌週29日は旗日で、

翌月5月6日は仕事であった。

予約日から1ヶ月も診察に行けずにいた。

薬は節約をして、リタリンだけはだいぶ残っていたが、

あとはストラテラカプセル、ベタナミンが数錠のみで

他7種類あまりの薬はとうに無くなっていた。

当たり前だが。

 

薬がなくて不安の日々は、それでも何とか寝坊はせずに済んだのだが、

日々の疲労・脱力感は結構ひどく、ヘパリーゼなんかを飲んで

何とか通常を保った感じだ。

このヘパリーゼ、暗示かも知れないが、

眠気には効果はないけれど、少し疲れが取れるような気がしている。

常備してもいいかも知れないな、などと思う。

 

 

 

Dr.に平日は2時半とかに目が醒める事が多い事、

休みの日になると目覚まし音は全く聞こえずに

30時間は平気で眠ってしまう事を話した。

 

” 気持ちが緩んでしまうんですかね。

とても嫌なのですが、どうしようもなくて・・”

 

と言うとDr.は

 

” この手の薬をこれだけ飲んでいれば

週末は睡眠不足でそうなるのは当然です ”

 

と言った。

 

・・そうなのか。

甘えじゃなかったんだ。

 

何だかとてもホッとしてしまった。

 

でも6月10日にはまた診察だ。

起きられないのは当然、とは言われても、

起きなくてはならない休日もあるのだ。

ストラテラカプセルとベタナミンを飲んで眠っても

起きる事が出来ない時もある。

ホッとしている場合ではないのかも。

 

これさえあれば大丈夫!という何かを見つけたいと切に思う。

 

・・・まあ、そんなものは存在しないだろうけれど。

 

眠りにつくためのものは色々あるのに、

(我が家にも2匹の強力な眠剤がいるけれど)

眠りから覚めるためのものはあまりないと思う。

 

ドリンク剤も、朝の太陽光だって過眠症には効果はないのだから。

 

耐性の出来ない覚せい剤を、作って欲しい。

 

薬は勿論完全ではないけれど、今一番頼っているのは

薬だということ、自分の力で生きている感じがしなくて

厭なのだけれど、でもこれは紛れもない事実で、

いい加減認めないといけないなあと思っている。

だけど。