特発性過眠症と猫と

特発性過眠症と診断された筆者の病気の経緯と、一緒に暮らしている2匹の猫との暮らしの日記。終わりたいけれど、生きなくては、とも思う心の不安定な様を不定期更新しています。

また撃沈。病院に行きたい!|特発性過眠症と猫と

f:id:dysthymia37:20170423102823j:plain

4月15日の土曜日は、杏林の予約日だったのだが、 またしても撃沈。

目覚めたのは日曜の夕方だった。 勿論キャンセルの連絡など入れていない。

自分にほとほと呆れながら、来週の土曜日こそ 絶対に行かなくては、と思う。

22日の金曜夜、明日は起きるぞ、とベタナミンを飲んで眠った。

目覚めたのは、土曜の夜。

日曜日でなかったのは嬉しいことだが、 またしても病院に行けなかった。

布団の上で膝を抱えて座り、しばし打ちひしがれる。

どうしてなんだろう。

先週はダメな週で、3回寝坊をして、うち1回遅刻。

でも今週は優秀で、1度も寝坊しなかったのに。

ここのところ、次の日が休みとなると、 甘えが出るのか、安心してしまうのか、 起きる事が出来ない。

今は3個の目覚まし時計と、ラジオ。

それと3:45分から15分おきに鳴るように セットしたiPhoneの5個の目覚ましで起きている。

休みの日もリズムを崩さないように 同じ時間に鳴るようにしている。

どうしても日中眠いようなら、 床で浅い眠りの昼寝をすれば良いと思うから。

しかし、そのどれもが聞こえないのだ。

聞こえていて2度寝をするなら対策もあるが、 聞こえないのは、なす術がない。

薬たちを入れている引き出しは スカスカになっている。

来週の土曜日は、仕事が休みだ。 でも旗日。

杏林も休みだろう。

その次の土曜は出勤日だ。

さて。 どうすべきか。

この先3週間はだいぶ無理をしないといけないようだが 果たしてその無理でしのげるのだろうか。

・・・と、人ごとのように言っているが 本当はとても心配。

ここしばらく服用している昼のリタリンベタナミン。 薬の節約のために控えようか。

昼に服用すると、帰宅した時に楽な事を発見した時から 続けていたが、近頃、前ほど効果を感じない。

朝も抜かないと本当のリセットにはならないが、 プチリセット、になるかもしれない。

まあ、前向きに、何とかやってみるしかないな。

そういえば、4月は過眠症の診察と、 他に呼吸器内科の診察を 受ける予定でいた。

年末のがん検診で、左肺に2箇所 ”肉芽種疑い、半年後再検 ” という結果が届いたからだ。

おそらく何ともないだろうが、念のため。

別に死んでも構わないが、こぶーちゃんとちこが 生きているうちは生きていないとならない。

健診でも色んなところが引っかかり、 歳をとるってこういう事なのね、と思う。

13日はパートナーの誕生日だったので お参りに行った。

誕生日といっても、パートナーは もう歳をとることはない。

私ばかり2つもババアになってしまった。

パートナーが笑っている気がする。

色んな事が残念でならない。

ミッションコンプリート 診察日|特発性過眠症と猫と

f:id:dysthymia37:20170312045640j:plain

調子よくすっきりと目覚めることが出来ていた日が続いたのだが、

次の週、訪れたのは目覚ましの聞こえない週だった。

かろうじて仕事に遅れるほどの寝坊はなかったが、

明日は起きれるのかと夜、眠るのが怖かった。

 

昨日は診察日であった。

薬もないし、絶対に行かなければならない。

なので、夜に眠剤は飲まずに代わりにベタナミンを飲んで寝た。

何とか目覚ましは聞こえたが、眠くて動くことが出来ない。

そんな中、こぶーちゃんとちこがゴロゴロと言いながら

代わる代わる布団の中に入ってくる。

幸せな地獄。

 

2時間の葛藤の末、何とか杏林へ向かった。

予約時間30分の遅刻。

予約時間に行っても、大概待つことになるし、

それに耐えられなくて、誰にも告げずに帰ってしまう人もいる。

他人事ながら、薬、あるのだろうか、などとぼんやり思う。

 

診察は5分で終わる。特に薬の変更はない。

 

薬局でも、小一時間待つ。

処方されているリタリンは、シートの薬ではなく

瓶詰めなので、一々分包してもらわなくてはならない。

時間がかかるので、ある時から朝の分、昼の分、と

まとめて容器に入れてもらうようお願いをしている。

それなら錠数を数えて、ざざっと容器に入れるだけだ。

しかし、この所、

リタリンを容器に詰めたりするので、

一時間位かかりますが、宜しいですか? ”

と言われる。

え?ざざっと入れるだけなのに?

と思うが、まあ薬の種類も多いし、仕方ない。

変な言い訳しなければいいのに。とは思う。

 

 

最近処方されたストラテラは効いているような気がする。

ダメな時はベタナミンリタリンを服用しても、何をしてもダメなのだけれど。

でも、何となくだが、起きやすくなった気がしている。

暗示なのかもしれないが、暗示というのも大切な要素。

ストラテラを服用し、目覚ましをセットし、

枕を4回叩いて、明日4時に起きる!

と唱えて眠りにつく。

 

 

この頃の土日が休みの週末は、金曜の夜に寝て、撃沈。

日曜の昼過ぎに目覚め、たくさん眠ってもすっきりせず、

何の意欲もなく、起きてもなあ・・・と思う。

そのまま寝続けられることができるのだが、

次の日は仕事なので、仕方なく起き上がる。

身体中がだるく、このまま寝たら次の日歩くことさえままならなくなるから。

飲まず食わずだったのに、お腹が空いているのかもわからない。

とりあえず発泡酒を開けて、考える。

そして、やりたいことはたくさんあったのに、時間を無駄にしたことを責め立てる。

いつもそうだ。

片付けられないものがどんどん溜まっていき、

部屋が汚いことにストレスを感じる。悪循環。

丸一日寝たからとてスッキリすることはなく、

頭も痛いし、背中も痛い。

何か食べようと思っても、食べたいものも思い浮かばずどうして良いのかわからない。

あればヨーグルトやなんかのやわらかいものを口にしてみるが、

それでもお腹が空いているのかわからない。

食べると気持ちが悪くなったりすらする。

そして、どうして起きられないのか、考えてもどうしようもないことをずっと考える。

 

罹患して間もない頃、起きることが出来ないので、

睡眠を浅くしようと1年以上、布団ではなく、床で眠っていたなあ・・

などと思い返す。

起きられないなら眠らなければ良い、と、1週間眠らずに過ごせるわけがないのに

ベタナミンリタリンを飲んで徹夜をし続けたこともあったなあ。

それで、吉祥寺に住んでいた頃、明け方に近所の組長宅への

銃声を聞いたんだっけなあ。

 

発泡酒の空き缶ばかり増え、何もしない週末が終わる。

 

うまく付き合おうとしているのに、突っぱねられる。

いつになったらわかりあえる様になるのだろうか。

 

 

 

 

 

4回目のチャレンジ。やっと病院へ。|特発性過眠症と猫と

f:id:dysthymia37:20170204184313j:plain

f:id:dysthymia37:20170204184340j:plain

 

 

休みの日となると仕事からの緊張が解けるのか、寝過ごすつもりはないのだが、

診察日と言えども目覚し時計の音が聞こえない。

失敗続きで、時遅し,目が覚めた時は言葉に表せない、

消えてしまいたいような気持ちになる。

2月4日の土曜日は4回目の診察日チャレンジとなり、なんとか成功した。


この週は、なぜだか順調に起きることができていた。

ストラテラカプセルの効果なのか、3時ごろにパッチリと覚醒してしまう日もあり、

早いなあと思うが2度寝はせず、朝の覚せい剤他諸々を氷水で流し込み、寝床から出る。


少しくらい早くても寝坊するよりかは遥かに良い。と、最近思う。


3度も診察を逃して、もうとっくにリタリンベタナミンしか薬のストックがなくっており、

随分前から、明日は起きることが出来るのか?と不安倍増の日々であった。


わたしの診てもらっているDr.は予約日を逃しても、

土曜の午前中の受付時間を過ぎてしまっていても、

ほかのDr.と違い、受け入れてくれる。
重症の患者を多く診ているからなのだろう。

過眠症の外来のわたしは、睡眠外来という括りだが、

大きく言えばそこは精神科で、今でこそやや一般的になってはいるが

一昔前なら精神科に通っているなどと知れたらばえらいことになる診療科で、

一昔前の人間であるわたしは

やはり精神科に通っていることを大きな声では言えないでいる。


過眠症に罹患する前も、メンタルクリニックに通っていた。
鬱だったり、今とは逆で眠れなかったり。

足して2で割りたいと今は思う。


わたしの場合は、眠れない方が楽だったと思う。
楽という言い方は語弊があるかも知れないが、

眠すぎるのは、社会的立場から見てもマイナス、ダメージが多いということは事実なのだ。

不眠は、眠剤を何錠かか飲めば何となく眠れて、

健忘や翌朝作用が少し残ることはあったが、それだけだった。

過眠は覚醒しなければ薬を飲めないし、

覚醒剤を飲んでも覚醒しないことも多々ある。


怠惰、の一言で片付けられがちだが、そればかりではない。


でも、不眠も過眠もないに越したことはないと思う。
どちらも眠りの悩みから解放されたいと心から願っているはずなのだ。
だから臨床医がいて患者がいる。
いつか普通に生活出来ることを思い描いて、病院に行き薬を服用する。
努力が足りないなどと思わないで欲しい。
誰よりも本人が一番治りたいと思っているのだ。

全てを理解してとは言わない。無理だから。
でも治療薬のないこの病。

死と連動はしていない。

一般の病気の概念から外れてしまい、認めてくれる人は少ない。

そのことも大きく罹患者を苦しめている。

 

本日は薬の変更なし。

やっとレギュラー薬が揃い、安堵する。

薬がなければ通常の生活が送れないのは悲しいが、

致し方ないものね。






先日、とても久しぶりにある方からメッセージを頂いた。


どうしているかなあ、と心配をしていた方だったので、

メッセージを頂いたことをとても嬉しく思った。


同時に心配していたことが的中してしまっていたので、

やっぱりそうだったのか、と悲しい気持ちにもなった。

わたしと同じく過眠症に罹患していて、

いつもわたしに頑張ろうという気持ちをくれる方だ。

今現在、とても辛い状況下にいるが、生を選択し、

何とか頑張ろうとしている。
懸命に周囲を見回し、冷静であれと自分を制し、

今時分に出来ることをしようとしている。

立派だなあと思った。


自分はなんだと思った。

辛い辛いと一生懸命同情乞うて果てろ。

こんな歌詞があったが、今のわたしだ。


自分が一番可哀想と思っているつもりはないが、

辛い辛いと嘆いているのは事実。
なってない。甘えているんだ。

誰かが助けてくれると思っているのでは?

人は皆、誰もが一人だ。
自分のことは自分でやらなくては、何も始まらないし何も終わらない。
誰もやってはくれないのだ。

いっぺんにじゃなくていい。

少しずつでいいから自分で片付けなくてはならない。
少しずつでもやっていけばいつかは解決する日が来るはずだ。


色々と背負う物は増えて来るが、それが生きるということなのだと思う。

 

人は生まれたら必ず死ぬ。

死は、自ら選択する人もあるが、大抵は明日も生きていると言う前提で

眠りにつく。

生と死は、実はとても近く、隣り合わせで存在するのに

そのことを意識する機会はとても少ない。

 

 

 

 

 




パートナーのことを少し書いておきたいと思う。



とても心の大きな人だった。

人の悪口は言わないし、怒り、罵りや憎しみの類の感情を見せたことはなかった。
いや、見せないというのではなく、

本当にそういった感情を持ち合わせていない感じであった。
何事にも先入観を持たずに、誰に対しても常識的に心を開く人だった。
頭が良く、話が上手だった。

ユーモアがあり、友人が数え切れないほどいた。



わたしと同じ職場に入社するまでは、フリーランス

ウェブサイトや本、CDなどデザインの仕事をしていた。
絵を描くのもとても上手だった。

楽しむ時は楽しむ。

 

次の日仕事早いから、ちょっと今日はこれで・・・

などしらけることは言わない。

人ともたくさん関わりあって、尚且つ自分の時間も持つ。


パートナーの周りだけ無限の時間が流れているようだった。



生活を共にするまでは、仕事を終えると二人で缶ビールを片手に、

ずっと話しながらずっと笑いながら、一駅も二駅も歩きまわり、

話し足りなくて、お店に入って食事をしながらまた話した。

次の日には職場でまた会えるのに、

駅に着いてもなかなか離れがたく、

明日ね、と手を振るのは結局終電車が来てからだ。

まるで十代のカップルのようだね、と笑いあった。

二人の世界の中では、わたしは特発性過眠症の悩みを忘れることが出来た。


” 理解をすることは難しいかもしれないけれど、

見ていて大変なことはよく解るし、頑張って戦っていることもよく解る。

だから自分は全面協力をすることを惜しまない。
でも甘えているのが見える人には、厳しくするよ。

せっかく二人でいるのだから、不足する部分は片方が補えばいい ”


そう言ってくれた。
そうしてそれは、パートナーが息を引き取るまで続いたのだ。

わたしはと言うと、いつの間にか、全身でパートナーに依存をしていた。

 


主治医は、二年前くらいから発症していたはずだと言った。
生活を共にするようになった頃だ。

わたしは全く気づかなかった。


勿論様々な変異も認めていたが、これ程にまで重篤な変異だとは考えもしなかった。


パートナーは自身の辛く思っていることをあまり多く語らなかった。

 


わたしは自分のことばかりでいっぱいになって、大切なパートナーを守れなかった。



このことはおそらく死ぬまで悔やみ、悔やみ抜いても報われることはないだろう。
失ったものの大きさに、今も対応ができない。


パートナーはわたし自身であった。


失った部分は、再生することもなく、別のもので補われることもない。


そう、欠損したままわたしはこのまま一人死を迎える。

抱え切れない不安を抱えて。
でも別にそれが哀れなどとは思わない。

死ぬ時は皆一人だ。

今は思う。

生きていくことの方が困難だ。


生きている人間には生きた感情があり、その感情は変動する。
感情をコントロールすることは難しい。
だから、生きているもの同士はうまくいかなくなることが多々ある。
努力が足りないとかではない。

生きた感情を持つ限り仕方のないことだ。

それが生なのだから。


わたしとパートナーの関係は、これからも変わらない。
ずっと。

わたしがどんな感情を持とうとも、対立することはない。

手を伸ばせば、いつもそこにあった大きくて力強くて、

暖かい体温を持ったパートナーの手は、もうどこにもない。
こんなにもあっさりと肉体は消え去ってしまうものなのかと思う。


もしかしたらこれは夢なのではないか。
パートナーがいたことも夢。

共に過ごした時間も夢。

こぶーちゃんもちこも。


そしてわたしがここに存在していることも夢なのかもしれない。


だとしても醒めるまでは戦わなくてはならないだろう。
今までそうしてきたように。


夢から覚めたら、わたしは存在などしていなかった。

 

きっと、やっと休めるんだろうね。

 

 

 

ストラテラカプセルが処方された|特発性過眠症と猫と

 

この1年で2人は前よりももっともっと仲良しになった。

f:id:dysthymia37:20161230211941j:plain

 

 

今年ももう残りわずかとなった。
あっという間だったが、満身創痍であった。
我ながら、よく頑張ったものだとちょっと感心している。


11月、12月とで再び、ADHD治療薬の

ストラテラカプセルが処方された。

朝、目覚ましの音が聞こえず、目覚めることができない日が度々ある。
と言ったからだ。

ストラテラカプセルは夕方に服用するのだが、
翌日の目覚めが良くなるケースもあるらしい。

以前にも処方されたことがあったが、薬価が高いのに効果を感じられなく、
1ヶ月で中止になった。
またかあ・・と思ったが、もしかして今回は少しは効くかも・・?
とDr.のいうことを聞くことにした。

11月は10mgの処方。

効果は感じられず、残念に思いながら、12月の診察日にDr.にその旨を告げると
今回は中止ではなく25mgへ、ミリ数を上げての処方となった。

ストラテラカプセル25mgは、劇的にとはいかないけれど、
もしかして効いているのかも?
と感じる日が度々あるのだが、でも油断は禁物、
やっぱり起きられない日もある。

この分だとおそらく1月の診察日には、ミリ数が上がるか、
服用量が増えるかのどちらかだろう。

1ヶ月で薬代が1万円を超えるなど、いや、深く考えるのはやめよう。
考えても仕方のないことだ。

他に方法はないのだから。

 



先月はパートナーの一周忌だった。

もう1年。

やっと1年。

何のために、こんなにボロボロになって働くのか。
こぶーちゃんとちことを守るため。
3人の暮らしを続けるため。

本当にもうそれだけだ。

私を動かす原動力はこの2人のみで、

この小さな身体の体温がだけが私を温めてくれる。

 

楽しいとか嬉しいとか、感じることはあるけれど

その明かりは儚いもので、あっという間に消えて

虚無感に包まれる。

 

 



パートナーは、もう帰ってこないんだろうな と思い始めている。
ずっと、帰ってくるような気がしていたから。

これが1年という月日なのかな。

診察日・昼のリタリンとベタナミン服用について|特発性過眠症と猫と

f:id:dysthymia37:20161003201514j:plain

 

10月8日土曜日は診察の日だった。

私は雨女なので、この日もやはり雨。

 

寝坊はしたものの、何とか10時半の予約時間には間に合った。

土曜は相変わらずの混み具合だ。

予約時間など目安にもならない。

12時に診察室に入り、5分ほどで診察は終わり

薬局でも薬をもらうために1時間待つ。

仕方のないことではあるけれど、診察日は

1日仕事になる。

折角の3連休なのにな・・・

 

近頃は台風の影響で雨の日が多く、

仕事に遅刻はしていないが寝坊ばかりしていた。

午前中は頭痛もするし頭もぼんやりしている。

どうしても覚醒しない日は、職場についてから

ベタナミンを1錠追加で服用することはあるのだが

なるべくなら飲みたくはない。

ずいぶん前から、昼のリタリンベタナミンも余程のことがない限り、

服用しないようにしているのだ。

中枢神経刺激薬は私の場合、不安や抑鬱につながるからだ。

 

ある日、昼に耐えがたい眠気に襲われ、

仕方なく昼に処方通りリタリンベタナミンを1錠づつ服用した。

そのおかげで午後は滞りなく仕事が出来たのだが、

仕事が終わり家に着いて驚いた。

いつもは家に着くなりくたびれて、しばらく座って休憩をし

動きたくないけれど就寝時間は迫ってくるしで、

やっとの思いでシャワーを浴びたり、夕食をとったりしていた。

それがこの日は、帰宅後、座ることなくてきぱきとやるべきことを

片付けられたのだ。

今日はどうしたんだろう・・・?

しばらく考えて、昼のリタリンベタナミンの効果なのではないかと

思い当たった。

これが正解だとしたら、昼に薬を飲むのも悪いことじゃないのかも。

兎に角元気なのだ。

 

でも夜は浅い眠りしかとれなかった。

 

これらは昼の服用のせいなのか・・?

 

検証してみることにした。

 

次の日もその次の日も、眠くなくても昼にリタリンベタナミン

1錠ずつ服用した。

 

結果はやはり同じ。

帰宅後元気だが夜の眠りの質は悪い。

帰宅後元気は大歓迎だが、これを続けていたら体がもたないだろう。

食べたくなくても食べて、そして眠らなければ破滅する。

 

・・・昼に飲んで夜眠れないなら、もう少し時間を早めたら・・?

 

次の日は朝の服用にプラスしてみることにした。

朝はリタリン1錠ベタナミン2錠とその他もろもろ。

そこに昼の分のリタリン1錠ベタナミン1錠を合わせて服用。

 

わたしはある時から枕元に、次の日の朝服用のシートから出した薬と

真冬でも氷水を水筒に入れたものと、めざまし時計3つとiPhoneを置いて寝ている。

めざましが聞こえたら寝床の中で朝の薬を服用し、覚醒を待つ。

めざましが聞こえなかったら薬は服用できず起きることはできない。

 

寝床から這い出し薬を飲むのは至難の技なので

わたしにはこの方法がベストだと思っている。

 

 

いつもは朝の処方分だけだと寝床から出ることはできるけれど、

眠気は残っており頭はぼんやりしている。

眠いまま通勤する毎日だ。

 

しかし・・・この日の朝はすごかった。

服用後20分もしたらスッキリと覚醒したのだ。

通勤中も眠気は感じなく、午前中の仕事も

頭は素早く回転し、スピーディーにこなすことが出来た。

素晴らしい。

 

さて、帰ってからはどうかな?

と少し楽しみに帰途につく。

 

 

程よく動くことができる。よしよし。

22時半、就寝時間になれば眠気も感じなくもない。

うん、眠れそうだ。

 

薬は出来るだけ飲みたくはないが、この飲み方、今の自分には

合っているのかもしれない。

 

Dr.に報告はしたが、

” 自分に合わせてやってみてください ”

と言われた。

 

やってみるか。とは思うが不安感と抑鬱が怖くて、

続けていくか迷っている。

でも仕事から帰って、動きたくない、面倒だ、とか

思わずにやらねばならないことをこなせるのは

物凄く魅力的だ。

たとえ薬に動かされているのだとしても。

 

 

 

 

きっかけと罹患5年目の現在|特発性過眠症と猫と

f:id:dysthymia37:20150716160233j:plain

 

このブログを始めたのは少しでも健常者の人に

この病気、特発性過眠症のことを知って欲しかったからだ。

 

勿論誰もが興味を持つ内容ではないし、こんな更新具合では

多くの人の目に止まることはないだろう。

 

でも例えば、その人の周りに、やたらと眠ってしまう人がいて

ちょっと病気なんじゃないの?と思ってネットで調べてみる。

そんなことがあったら、このブログを読んでくれるかもしれなくて、

そうしたら特発性過眠症に苦しんでいる人のことを少しは

わかってもらえるのではないか。

 

そんなふうに考えていた。

 

わたし自身、ナルコレプシーは知っていたが、

特発性過眠症のことは知らなかったし、

その中にも種類があることも知らなかった。

自分が罹患してみて初めてわかったのだ。

 

何日でも眠ってしまうこと、眠いと認識する前に知らぬうちに眠ってしまうこと、

それによって他人から悪い印象を持たれること、仕事を解雇されること。

 

自分の状態も、これからどうしたら良いのかもわからない。

毎日、悔しくて辛くて涙したこと。

病気だと診断されても、それでも病気なのか不摂生なのか

自他共に区別がつけられないこと。

 

今ではわかってもらえたら、なんて大それた目標は持っていない。

 

世の中には、自分には理解できないことは山ほどあって、

それを棚に上げてわたしをわかって、というのもなんだか。

人の苦しみはその人と同じ立場になってみないとわからない。

だから最近はわかって!とは望んでいない。

 

やっと月1の更新で、表現力もないし上手く文章にできない。

自分の覚え書きと化している。

しかし、中にはわかるよ、とコメントをくださる方がいて、

それは本当に嬉しい。

理解されるってこんなに嬉しいことなんだなとありがたく思う。

 

だからできる限り更新していきたいと思う。

わかってもらえなくても、こういう病気もあるんだということを

少しでも知ってもらえれば嬉しいから。

 

 

 

仕事で集中力を使い果たし、ぐったりと家路につく。

一人なのはわたしだけなのではないか。

そんなことはないけれど

まだ熱の残る外気に包まれながらも、寒々しい心持ちだ。

 

街で若い恋人同士と思われる二人を見ると、

自分にもこんな時があったなと思う。

そして自分と同年代位のご夫婦、仕事帰りに待ち合わせをして

夕食を外で済ませる相談、または買い物の相談をしている。

年配のご夫婦は少量のお惣菜を買ってたわいもない会話をしている。

 

何気ない光景がとても羨ましい。

 

こんな光景に涙がにじむ。

 

わたしはパートナーと共に年を重ねていきたかったんだなあ、と

最近しみじみ思う。

年をとることは嫌なことだと思ってきたけれど、

この人となら年をとるのも悪いことではなかったな、と。

自分がこれほどに望んでいたとは知らなかった。

 

それももう叶わないことなのだが。

あの時わたしがこうしていれば違う結果になっていたかもしれないと

身をよじるような後悔は勿論ある。

がしかしどんなに悔やんでも、パートナーと元のように暮らせることは決してない。

 

今は身体に重りをつけられて、海の底に沈められ、

でも、抵抗もせず溺死する瞬間を受け入れて入れる状態だ。

 

しかし、現実のわたしは今こうして働いて、

こぶーちゃんとちことの暮らしを守っているではないか。

 

そう、前を見て生きているのだ。

 

止まったら終わりだ。

止まったら死ぬ以外の道が思いつかない。

だからどんなに状況がわからないことだらけでも、

悔しくて辛くても止まるわけにはいかない。

 

このまま前を見て進むしかないのだ。

 

もう嫌だと思った時、死んでしまった方がどれだけ楽かと考える。

わたしの後始末は身内がやってくれるだろう。

とても迷惑をかけるが、死んでしまえばそんなことは気にしようがない。

でも今は生きていようと思っている。

猫のこぶーちゃんとちこを最後まで面倒を見なければならない。

パートナーがわたしに託したから。

頑張っていかなくては

 

わたしは、強いんだ。

雨の中、気圧頭痛に顔をしかめて診察へ|特発性過眠症と猫と

f:id:dysthymia37:20160612162948j:plain

 

8月27日は杏林の診察日だと疑いもしなかった。

寝坊をしつつ、頭痛に苦しみつつやっとの思いで家を出て杏林へ。

だいぶ遅刻をして到着。

診察券を受付機に通すと、このカードは受付できないと返された。

仕方なく人のいる受付へ行き、理由を話すと、

” 予約は今日ではなく先週ですね。”

と言われた。

・・呆然・・

先週は仕事であったので予約を入れるはずはないのだけれど・・

でも現実は予約日が今日ではないことは確かなのだ。

 

薬はないし来週も再来週も来ることはできない。

精神科の受付に行って直接交渉するしかないなと思い、

受付に向かった。

受付は終了していたが、わたしの担当医は特別に受けてくれるという。

助かった・・と診察を待つことにした。

 

1時間ほど待ち診察室に呼ばれる。

前回からエビリファイを夜服用することになっていたのだが、

夜服用すると夜中の2時頃に目が覚めてしまうことが続いたので、

勝手に朝服用に戻したと報告した。

午前中眠くてどうにもならない時は、昼の分のベタナミンを午前中に

1錠追加服用してしのいでいることも報告した。

勿論、昼は余程のことがない限り、ベタナミンリタリンは飲まないようにしている。

なんとかそれで行くしか方法はないようだ。

夜10時半に寝床に入り、朝の4時に起きる。

6時間半では圧倒的に睡眠時間が足りない。

眠いのはそれが原因だが、仕事を変えるか近くに引っ越すかしないと

それは変えられない。その睡眠不足を薬で補おうとするのは間違っていることは

承知しているのだが・・・

 

夜は眠剤も飲まず、その他の眠気を誘う安定剤も勝手に服用を中止した。

眠気を誘う薬の排除。デパスなど効果を感じたことがないこともあり。

 

3日くらい経った頃、ものすごく追い詰められているような気持ちでいることに気づいた。

仕事中はいつも追われているが、そうではなく言いようのない不安に追い詰められている。

手や足、肩、身体中、目も、歯を食いしばり、あちこちに力が入り、こわばっているが

上手く力を抜くことができない。

この状態に気づいたのはたまたま休日。

おそらく、安定剤を飲まずにベタナミンリタリンを服用していたせいだ。

 

効果があるのかわからないが、デパスを服用し、少し横になって休んだ。

しばらくすると、気のせいではなく身体の力が抜けて落ち着いてきた。

デパスって効いていたんだと初めて効果を感じた。

理由あっての処方、勝手に全てを止めてはいけないのだなと反省した。

薬のバランスは難しいものだ。

 

自分の身体は薬で日常を送れているのだと思うとなんだか

とても情けなく悲しい気持ちになる。

仕事先の人には打ち明けていないので、いつもきちんとしていなくてはならない。

試練とはいえ辛い。

 

わたしの理解者はいない。