特発性過眠症と猫と

特発性過眠症と診断された筆者の病気の経緯と、一緒に暮らしている猫との暮らしの日記

きっかけと罹患5年目の現在|特発性過眠症と猫と

f:id:dysthymia37:20150716160233j:plain

 

このブログを始めたのは少しでも健常者の人に

この病気、特発性過眠症のことを知って欲しかったからだ。

 

勿論誰もが興味を持つ内容ではないし、こんな更新具合では

多くの人の目に止まることはないだろう。

 

でも例えば、その人の周りに、やたらと眠ってしまう人がいて

ちょっと病気なんじゃないの?と思ってネットで調べてみる。

そんなことがあったら、このブログを読んでくれるかもしれなくて、

そうしたら特発性過眠症に苦しんでいる人のことを少しは

わかってもらえるのではないか。

 

そんなふうに考えていた。

 

わたし自身、ナルコレプシーは知っていたが、

特発性過眠症のことは知らなかったし、

その中にも種類があることも知らなかった。

自分が罹患してみて初めてわかったのだ。

 

何日でも眠ってしまうこと、眠いと認識する前に知らぬうちに眠ってしまうこと、

それによって他人から悪い印象を持たれること、仕事を解雇されること。

 

自分の状態も、これからどうしたら良いのかもわからない。

毎日、悔しくて辛くて涙したこと。

病気だと診断されても、それでも病気なのか不摂生なのか

自他共に区別がつけられないこと。

 

今ではわかってもらえたら、なんて大それた目標は持っていない。

 

世の中には、自分には理解できないことは山ほどあって、

それを棚に上げてわたしをわかって、というのもなんだか。

人の苦しみはその人と同じ立場になってみないとわからない。

だから最近はわかって!とは望んでいない。

 

やっと月1の更新で、表現力もないし上手く文章にできない。

自分の覚え書きと化している。

しかし、中にはわかるよ、とコメントをくださる方がいて、

それは本当に嬉しい。

理解されるってこんなに嬉しいことなんだなとありがたく思う。

 

だからできる限り更新していきたいと思う。

わかってもらえなくても、こういう病気もあるんだということを

少しでも知ってもらえれば嬉しいから。

 

 

 

仕事で集中力を使い果たし、ぐったりと家路につく。

一人なのはわたしだけなのではないか。

そんなことはないけれど

まだ熱の残る外気に包まれながらも、寒々しい心持ちだ。

 

街で若い恋人同士と思われる二人を見ると、

自分にもこんな時があったなと思う。

そして自分と同年代位のご夫婦、仕事帰りに待ち合わせをして

夕食を外で済ませる相談、または買い物の相談をしている。

年配のご夫婦は少量のお惣菜を買ってたわいもない会話をしている。

 

何気ない光景がとても羨ましい。

 

こんな光景に涙がにじむ。

 

わたしはパートナーと共に年を重ねていきたかったんだなあ、と

最近しみじみ思う。

年をとることは嫌なことだと思ってきたけれど、

この人となら年をとるのも悪いことではなかったな、と。

自分がこれほどに望んでいたとは知らなかった。

 

それももう叶わないことなのだが。

あの時わたしがこうしていれば違う結果になっていたかもしれないと

身をよじるような後悔は勿論ある。

がしかしどんなに悔やんでも、パートナーと元のように暮らせることは決してない。

 

今は身体に重りをつけられて、海の底に沈められ、

でも、抵抗もせず溺死する瞬間を受け入れて入れる状態だ。

 

しかし、現実のわたしは今こうして働いて、

こぶーちゃんとちことの暮らしを守っているではないか。

 

そう、前を見て生きているのだ。

 

止まったら終わりだ。

止まったら死ぬ以外の道が思いつかない。

だからどんなに状況がわからないことだらけでも、

悔しくて辛くても止まるわけにはいかない。

 

このまま前を見て進むしかないのだ。

 

もう嫌だと思った時、死んでしまった方がどれだけ楽かと考える。

わたしの後始末は身内がやってくれるだろう。

とても迷惑をかけるが、死んでしまえばそんなことは気にしようがない。

でも今は生きていようと思っている。

猫のこぶーちゃんとちこを最後まで面倒を見なければならない。

パートナーがわたしに託したから。

頑張っていかなくては

 

わたしは、強いんだ。

広告を非表示にする