特発性過眠症と猫と

特発性過眠症と診断された筆者の病気の経緯と、一緒に暮らしている2匹の猫との暮らしの日記。終わりたいけれど、生きなくては、とも思う心の不安定な様を不定期更新しています。

有給休暇。ゆっくりする予定だったのに|特発性過眠症と猫と

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水曜日、1日だけ有給休暇が取れたので、 ゆっくりと映画でも観るつもりでいた。

しかし、先週の土曜日、

案の定目覚めたのが日曜日であった為、 診察日であったのに行くことが出来なかった。

いつも余るベタナミンが無くなり、非常事態だと感じた。

どうしようかなあ、今週は土曜日仕事だし・・・ と考えていたところ、主治医は水曜も診察をしていたのでは? と思い出し、調べてみたら今も変わらず水曜の医師表に名前があったので、 急遽出かけることになったのだ。

・・映画とかって・・。やっぱ無理だよね。

土曜より空いているかと思いきや、 意外に混んでいて、 自分は予約日ではないので覚悟はしていたが、 やはり1時間半は待った。

同じく薬局でも。

夕方になったが、まあ、しかたがない。 次の日からはまた仕事だから、 遅くまで起きている事はできないが、 家に帰って発泡酒を何本かあける時間はあるのだ。 良しとすることにした。

朝がちょっと大変な日が続いている。

目覚ましが聞こえない、 音に気づいても目が覚め切らず、 寝床の中でグズグズしてしまう。

やっと寝床から這い出してもまともに歩けず、 狭い部屋で猫の飲み水をひっくり返したり、 猫本体を踏みそうになったりする。

就寝時に身体に当たる扇風機の風がだるさの原因なのか、 最近は凍結しても、柔らかいひんやりジェル枕なるものを使って寝ているが、 それが頭と首筋を冷やし過ぎているのか、 梅雨明けした途端、雨や台風がやってきて、その気圧の関係なのか、

何か外的な要因もあるような気がする。

対策を取らねば、寝床でぐずる事がルーチンになってしまう事は避けたい。

ぱっと起きることも出来るんだよ、という事を身体が忘れてしまったら困る。

家を出る2時間前には起床したい。

それができていた日々もあったのだ。

私は寝起きがとても悪いために、家を出る1時間前に起きるのでは 仕度は何とか出来るが、慌ただしすぎる。

猫のこぶーちゃんとちこにもかまってあげられない。

そして、満員電車を乗り継ぎ、 そのまま気を抜けない仕事に突入だ。

今の仕事をしくじる訳にはいかない。

しくじったら成るように成るしか無いのだが、 なるべくならあの無職期間を再度味わうなどしたくはない。

よって、自分が特発性過眠症に罹患している事、 前職を過眠症が原因で解雇になっている事、 休みの土曜に月1で病院にかかっている事、 過眠症ブログをしている事、などなど。 特発性過眠症過眠症の事は今の職場の人間には極秘だ。

親しくなった様に感じても、打ち明けるつもりはない。

寝坊による遅刻が頻繁になったり、 前の様に仕事中に眠ってしまうとかない限りは、 自分の評価を下げる事は言う必要はないと思っている。

特発性過眠症の理解者などそうそういないからだ。

大変だよね、頑張って。 なんて言ってくれても自分に迷惑がかかってくれば、 態度は豹変し、眠いなんて気持ちの問題じゃないの?と。

そう思うのはごく普通のことかもしれないが、 わたしにしてみればうわべだけの理解者。

信用ならない。

傷つくだけなのだから、打ち明ける必要はない。

そんな目で見られれば、本当に交通機関の遅延で遅刻しても また寝坊なんでしょ?と見られかねない。

でも、生活を共にする人からしたら、 過眠症の症状、たまったものではない。と思う。

度重なれば人ってなんで自分ばかり負担を負うのか? と当然思うものだから。

パートナーは本当に理解者であった。

いや、理解者ではない。

わたしをわかってくれていた。

こう言うのが一番しっくりくる。

パートナーは20代でステージ4の癌を患い、 奇跡的に完治したと治療を終え、 15年後再発し、ここを去った。

最初の癌での入院中、死を近くに感じ、意識し、 これまでの考え方が変わったと言っていた。

穏やかで、上手く言えないが心の広い人間であった。

わたしの朝起きられない度重なる様に、 自分がこんなに大変な思いして起こしているのに、ちっとも起きない、 など思わないでいてくれた。 ずっと変わらず、入院する寸前までわたしを毎朝起こし続けてくれた。

でも、わたしが甘えで起きない時にはちゃんと見抜いていた。

パートナーの日記というのか雑記というのか、 片付けをしていて見つけたノートには、 自身のことわたしのことが綴られていてわかったのだ。

どうしても起きれられないわたしに、イラつきを感じることなく、 全力で協力してくれた。

こんなにわたしをわかってくれるには人はそうそう出会う事はできないだろう。

だからわたしは、他人には病気を打ち明けない。

いい人だと思っても理解者になってくれるとは限らない。

わかってくれるとは限らない。

迷惑を迷惑と捉えない人などいるだろうか?

特殊な環境下にいた人、 もしくは同じ病に苦しむ人しか理解できないであろう。

人をわかってあげることは大変なことだ。 自分が不安定な状態では到底無理なことだ。

口先だけで優しいことを言う人間も沢山いる。 心が弱っている時には、そんな言葉に騙されてしまう。

わたしは傷つくのは嫌だ。

だから、他人に弱いところは見せない。

助けてとも言わない。

いや、今に始まった事ではなく、 物心ついた頃から、人にSOSを出せない性格で、 結局決めて、それをするのは自分なんだから、と いつでも何でも1人で解決してきた。

弱さを見せたのは、唯一パートナーだけだ。

だからパートナーはわたしを全力で支えてくれたのだろう。

そのパートナーは、今はいない。

わたしはまた孤独に戦うだけだ。

こぶーちゃんとちこを看取るまでは 何としても生きるつもりだが、 その後は、任務終了で、 もうここにいなくてもいいのだ。

何でも打ち明けることの出来る仲間がいないわたしを、 可哀想だと思いますか?

わたしは他人に対して、何も求めるものはありません。

人は人、自分は自分。

そう考える方が、閉ざして生きること方がずっと楽だ。

楽しいという感情は刹那的なもの。

その代わり喪失感や悲しみは四六時中身体を支配するのだ。

これ以上傷つくのはごめんだ。